2009年07月04日

~佛教用語:慈愛1(あの暑い1日を忘れない)by koei~

何気ない日常、
いつものように地下鉄に乗り、つり革につかまる。

いつものクセで、
車内の中吊り広告に目をやる。

週刊文春の中吊り広告にふと目が留まる。

何気なく追いかけていくと、
御巣鷹山墜落 坂本九遺族が涙する「24年目のメッセージ」という
タイトルが目に留まった。

あの日は、暑かったなあ、
あの日のむせ返るような暑さがよみがえる。


それは、夏の暑い1日だった。
学生の頃、大阪の四天王寺に、
春と秋のお彼岸と、夏のお盆の頃、
学費を稼ぐためにバイトに出かけていた。

私の担当は、四天王寺内にある北鐘堂での回向、
5~6人のお坊さんが、
1日中交代で朝から晩まで、お経を上げ、
薄い杉の板(塔婆)に書かれた戒名の束を、
一心不乱に、読み上げる。

四天王寺は大阪の仏壇と呼ばれるぐらい大きく、
お彼岸、お盆、弘法大師の縁日である毎月21日などは、
どこからか人が湧いてくるのかというぐらい、人々でごった返している。

その人々が、手に経木を持ち、
金堂、亀井堂、北鐘、南鐘、等々の全伽藍で、
回向が一斉に行なわれる。

一週間もぶっ続けでお経を上げ続けると、
さすがにお坊さん方も、声がかれてくる。

信者さんとお寺、お坊さん、
立ち上る線香の煙と、
境内に生えている木という木に、鈴なりになったクマゼミの声、
それらが渾然一体となって、
それはもう賑やかな喧騒に満ち溢れた空間が、そこにはある。

さて、夏の暑い暑い、あの日のことは、
今でも覚えている。

日航ジャンボ機が、行方不明になったというニュースが、
ラジオから流れてきた。

所在は、今もって不明。

皆で無事なら良いのだがと、心配していたところ、
数時間置きに、未だ不明、所在はつかめないまま、
私もお経を上げながら、吹き出る汗とむせ返るような線香のにおいの中で、
無事に見つかることを祈るばかり。

夕方のニュースであろうか。
どうやら、日航機は、墜落した模様、
人命については、未だにつかめず、
しかし、皆が心配している最悪の事態になってしまった。

翌朝のニュースで、
生存者4人が見つかったというのが、
何よりの救いであった。

その事件のことは、
今でも、あの暑さと共に、
今でも鮮明によみがえってくる。
人の命の儚さと、
そこに乗り合わせた人々の、
なぜその機に偶然にも乗ってしまったのだろう
これは運としか言いようのないことなのか。

仏教では、正しく諦めるということも学んでいくが、
若い見習い僧としては、
やはりショックは大きい。

今でこそ、バカの壁の作家:「養老孟司:ようろう たけし」ではないが、
人が生まれれば死ぬのは、必定、
致死率100%との存在として人は生を受ける。

人は年を重ねながら、
色々なことを学び、
死というものに、一歩一歩近づき、
それを受け入れる準備をしていく。

それが、突然520人という方々の命が消えてしまう。

戦争を体験していない現代人として、
その衝撃は計り知れない。

私も少々年を重ねるうちに、
湾岸戦争や阪神大震災、
オウム事件、
日比谷線脱線事故等を、新聞やテレビを通じて目にし、
その後遺族の方の話などが紹介され、
少しずつ人々が、悲しみを背負いながらも立ち上っていく過程を、
見聞きすることによって、受け入れてこれたが、
日航の事故だけは、
若い理想に燃える修行時代ということもあり、
ほろ苦く、心の中に突き刺さったままの1本のトゲのようなものであった。


        ~以下、来週の7月11日(土)へつづく~




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          スピリチュアルメッセーンジャー
                  日響 娃

2009年07月03日

スピリチュアルカウンセリング:2009年後半 おひつじ座の運勢

○総体運
 人の言葉を表面で捉えず、意味を深く捉えていこう。
 あなたのアンテナは、絶好調の時期。
 少しでも気になった情報は、メモで残し、備えておこう。
 良い・悪いの判断でなく、出来る・出来ないの判断で動いていこう。

○健康運
 腸
 変だと感じたら、早めに病院でチェックしてもらうこと。

○仕事運
 色んなことを任せられる時期。
 あなたの行動力が、発揮できるだろう。
 1人よがりになってしまうと、裸の王様になってしまうかも。
 耳の痛い話ほど、よく聞いてみること。

○恋愛運(人間関係)
 誤解を招きやすい時期。
 中途半端な介入が、溝を深める。
 やるなら、とことん責任を持って付き合い、
 やめるなら、さっぱりと離れる。
 良い・悪いの感情でなく、客観的な目線で見ていくこと。

○ラッキーカラー
 白
 爽やかな印象を与え、色んな人と出会っていくだろう。

○あなたと係わり合いが強い星座
 やぎ座
 目からウロコを感じる出来事が、この人とあるだろう。
 素直に受け止めてみると、あなたの視野は広がり、
 人間的に益々深みを増すだろう。

2009年07月02日

スピリチュアルカウンセリング:2009年後半 おうし座の運勢

○総体運
 ムシャクシャした気持ちが治まらないだろう。
 自分が思い描いていることが、ズレてしまい、当てが外れてしまう。
 長い目で見れば、気にすることのない出来事だと思えるが、
 期待していただけに、また度重なるだけに、落ち込みは激しい。
 これは、あなたのせいではなく、また周りのせいでもなく、
 タイミングが悪かっただけ。
 あまり引きずることなく、淡々と過ごしていこう。

○健康運
 特に大病はない。
 骨折には、気をつけること。

○仕事運
 継続することで、認められていくだろう。
 今は変わる時ではない。
 周りの波に左右されることなく、過ごしていこう。
 1つのことをやり続けることは、並大抵のことでは、ないかもしれないが、
 今はその時期であることを、心して過ごしていこう。

○恋愛運(人間関係)
 人の痛みが痛いほどわかる時期。
 今までに経験したことのない辛さを感じるだろう。
 幸いなことに、それは自分の経験ではなく、
 他人の経験から学ぶことになる。
 いつもはあまり気にしなかった他人の経験を、
 自分のことのように考えていけば、あなたは成長していく。
 もしそれが出来なかったときは、
 あなたは自分の経験として、自分の身で学ぶことになるだろう。

○ラッキーカラー
 赤
 小物などで、この色を持ち、活力を補おう。


○あなたと係わり合いが強い星座
 おとめ座
 おとめ座の緻密さを肌で感じるだろう。
 自分の中にある似たもの同士が、嫌に映るか、賞賛するかは別にして、
 目からウロコとなり、他人からみた自分像が見えてくる。

2009年07月01日

スピリチュアルカウンセリング:2009年7月の運勢

色んなものが目に見えて動き始める。

流れは、思ったより速く、
あなたがついていけるかどうか、危ぶまれる。

アンテナを高くして、色んな情報を取り、
偽りのない心で、決断していくこと。

流れを止めることは、いつでも出来るが、
その判断を誤ると、次の流れはいつ来るかわからない。

自分の私利私欲や労力の大変さで、
決めてしまってはダメ。

すべてを見渡すような目線で、
物事を見ていこう。

動き始めることで、皆が浮き足になり始め、
心までソワソワしがち。

そんな時こそ、
丹田(おへその少し下の辺り)に気を落とし、
どっしり構えていこう。

1つのことにこだわりすぎず、
全体を見て、決めていこう。

乗り気じゃない話も、
将来を見れば、つながっていく。

目先だけで、判断しないで、
話の本質を見極めていこう。


今年後半の運勢を、
ランダムにれいめい拳で視ました。

明日以降、アップしていきます。
尚、順番には、順位はありません。
お楽しみに~♪

           スピリチュアルメッセンジャー
                     日響 娃


2009年06月30日

1年の半分が過ぎていこうとしています

今日で、1年の半分が終わる。
早いもんだなあ・・・。

この1年、何をしようとしたんだっけ?
それは、まだ形になっていないもの?
もしかして、方向性がズレてきちゃったかしら?
もう一度、今という地点から、見つめ直してみよう。

後、半年で、何がしたい?
後、半年で、何ができる?
2009年を、どう過していきたいか。
節目ごとに、見つめ直してみよう。

今がすべて。
後悔したって、始まらない。
今という現実を見据え、
なりたい自分とリンクできるように、
冷静に、
客観的に、
今出来ることを、していこう。

2009年06月29日

計画は早めに

いつでも出来ると思って、
スケジュールをきちんと入れていないと、
別の用事がどんどん入り、
後回しになってしまうだろう。

早め早めに計画を立て、
スケジュールを入れていこう。

「後で何とかなるサ」と気軽に考えていると、
手のつけられないことになってしまうかも。

約束は、きちんと果たすことが大切。

あなたの信用度が、どうなるかも、
あなたの対応しだい。

周りの波に流されて、
自分本来のことを忘れてしまわないで。

いつも自分の未来を考えながら、
今を生きていこう。

2009年06月28日

誠意のある態度、誠意のない態度

誠意があるかないかは、
その人の態度で、わかる。

あまりにも頭の回転が良すぎると、
出来ない人を小ばかにしてしまい、
態度の端々に、その気持ちが出てしまう。

上に立つ人や、人と接する仕事をしている人は、
特に気をつけよう。

うまく出来なくても、誠意が伝われば、
次につながっていく。

小手先で、うまくごまかさないで、
きっちり確実に進めていこう。

誠意のある態度は、
他人から見ていても、心地よいものである。

心がけて過ごしていこう。

2009年06月27日

~佛教用語:阿修羅像(心の映し鏡)~

東京に阿修羅像がやってきたのは、57年ぶりのことである。
3月31日(火)より、6月7日(日)までの61日間に、
延べ人数にして(94万6172人)の方が、上野東京博物館を訪れた。

阿修羅とは、サンスクリット語では、
「a」が不定の接頭語となり、
「sura」が天を表すため、非天と訳され、
帝釈天との戦いを通じて、悪神として扱われるようになったため、
修羅界という人間界より一段低い地位が与えられた。

阿修羅王は、お釈迦さまを守る天龍八部宗の1人に数えられている。

仏教では、たくさんの土着の神々を受け入れ、仏教化していった。
阿修羅王もその1人。

阿修羅王は、帝釈天との戦いに敗れた後、
お釈迦さまの教えを聞き入れ、教化されたため、
今は、釈尊を守る守護神となっている。

天龍八部衆とは、

・天(てん)
  サンスクリット語で「ディーヴァ」と訳し、意味は輝くもの、
  天上界を護るすべての神々を指している。

・龍(りゅう)
  「ナーガ」といい、意味はキングコブラを神格化したもの。
  八大龍王の総称でもある。

・夜叉(やしゃ)
  「ヤクシャ」、「羅刹:ラセツ」とも言う。
  森に住んで、人々に危害を加える鬼神を指す。十二神将などが有名。

・乾闥婆(けんだつば)
  「ガンダルヴァ」といい、帝釈天に歌舞音曲を持って仕える。

・阿修羅(あしゅら)
  「アスラ」といい、天部にあらざる者、非天と訳され、
  度重なる帝釈天との戦いに敗れ、後にお釈迦さまに帰依し、仏法守護神となる。

・迦楼羅(かるら)
  「ガルーダ」といい、悪龍を食べる鳥を神格化したもの。

・緊那羅(きんなら)
  「キンナラ」といい、美しい鳴き声の鳥を神格化したもの。
  歌舞で、毘沙門天に仕える。

・摩睺羅迦(まこらが)
  「マホーラガ」といい、地を這う大蛇を神格化したもの。
  音楽の神とされ、踊る姿や横笛を吹く姿で、現される。

以上、天龍八部衆は、「法華経」の「比喩品:ひゆほん」や「観音経」の中に登場する。
(天台ブックレットNO.53 「ほとけさまのサイン」浦井正明氏 参照)


東京国立博物館(平成館)では、
1日1万人以上の方が、阿修羅像の見学に訪れていた。

来月7月14日(火)~9月27日(日)まで、
福岡県の九州国立博物館にて、阿修羅像展が開催される。

人々を引き付けて止まないその魅力とは、一体どのようなものなのだろう。

普通、仏像というと、仏頂面と呼ばれるように、顔の表情に喜怒哀楽がなく、
あまり良い表現では用いられないが、
感情を抑えて、作られているゆえに、仏さまを拝む人々の心を映す。

ある人にとっては、微笑んでいるようにも、笑っているようにも見えるし、
また、ある人にとっては、恐ろしくもあり、怒っているようにも感じる。

興福寺の阿修羅像は、三面六臂のお姿をされている。

聖武天皇の后、光明皇后(生母:橘三千代(たちばなみちよ)の一周忌の供養のため)によって、
734年に制作された。

麻布を漆で何層にも塗り重ねられた『脱活乾漆造:だっかつかんしつぞう』という技法が
用いられている。

これは、鋳造や木像とは違う古い技法である。

その当時、漆というとても高価なものを用いて作られていたため、普及せず、
その技法は、今伝承されていない。

興福寺も幾度ともなく、戦乱大火に見舞われているが、
この漆塗りの技法のおかげで、153センチながら、15キロと軽く、
持ち出しやすかったため、その大火を何度も逃れおおせた。

さて、この阿修羅像、見れば見るほど、
不思議なお顔をされている。

少年のようにも、少女のようにも見える。
明らかに、大人とは違う、その体系。
幼児期から、青年期にかけてのシャープな体つき。
正面のお顔は、何かを見通すような遠い目をしておられる。

今回の展示では、360度の方角から、
お姿を拝見することができる。

向かって左側のお顔は、唇をかみ締め、少年特有の反抗期のようにも見え、
右側のお顔は、眉間にしわを寄せて、青年期の内なる苦悩を表現しているようにも見える。

魅入る人々の心の中そのものが、
阿修羅像の顔を千変万化させるのであろう。

今から1300年もの昔、
天平の頃、大らかな都の様子が、万葉集にたくさん収められているが、
その反面、世の中は、飢きんや地震という天変地異に見舞われ、
政情も長屋王の変などもあり、戦火の絶えない時代であった。

そんな時代背景とあいまって、
この世のものとは思われぬ美しき阿修羅像は、生み出された。

光明皇后の深き祈りと、
苦悩が、この阿修羅像には、込められているのであろうか。

時を越えて、今の時代、世界大戦というべき戦争は、起こらないかもしれないが、
イラクやアフガニスタンでは、未だに戦いは終わっていない。

ソマリア沖では、時代の遺物と思われていた海賊が、未だに跋扈している。

地球温暖化の現象は、
各地で異常現象を引き起こし、
大洪水や干ばつを、我々人類にもたらし、
世界的には、今、新型インフルエンザという、厄災が、大問題になっている。

日本でも、初めは関西を中心に、
今は、全国で、インフルエンザの災いが、広がりを見せている。

苦悩する阿修羅像が、物語っているのは、
まさに、この世そのもの。

今、阿修羅像が、現代人に熱狂的に受け入れられているのは、
その優美な美しさとあいまって、
何かにすがりつかずにはおられない、私たちの心そのものに、あるのだろう。

阿修羅像の2本の天に突き上げられた腕が、
中段に下がり、正面で合掌となる。

我々の内なる修羅も、
エゴでは、争いはなくならないことを悟ることができたとき、
やがて治まっていくのであろうか。

皆さんには、阿修羅の顔はどのように見えますか。

怒っている?
微笑んでいる?
泣いている?
苦悩している…?

それは、皆さんの心そのものなのです。

光明皇后の平穏への祈りは、
時代を超えて、未だに続いている。




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2009年06月26日

今日結婚するあなたへ~ハワイの地を守る神々からのメッセージ~

青い空、青い海
真っ白なウエディングドレスの花嫁

仲間からの祝福と笑い声

今日という日を、どんなに待ち望んでいたことだろう。

皆が、お二人を祝福している。
山も、海も、カモメも、イルカも…。

これから先の生活に、どんなことがあろうと、
今日という日を、忘れることはないだろう。

皆があなたたちを注目している。

この幸せを、身体一杯に感じて。

柔らかな日差しの中、
お二人の照れた顔が、仲間たちの心に残るだろう。

私たち仲間も、海の向こうから、
お二人の感動を感じながら、
今日の喜びを分かち合っています。

ご結婚おめでとうございます。

ハワイでご結婚するお二人に、今日の日を祝って
その地を守る神々からの祝福の言葉 スピリチュアルメッセージを下ろしたいと思います。




二人はこの地で契りを結んだ。

これからは、いかなるときも、
二人で助け合い、二人で喜び、二人で悩み考えて、
人生を歩んでいって欲しい。

私はたくさんの人たちの契りを見守ってきた。

それぞれのカップルの人生が、今後、どう変わっていこうとも、
今の幸せは真実であり、相手を想う気持ちに偽りはないだろう。

ハワイは情熱の地。

穏やかな気候に恵まれ、人々も穏やかで優しい。

あなたたち二人を、
人々も、神々も迎え入れてくれるだろう。

偽りなく、手と手を取り合って、
この地で過ごして欲しい。

独りではないという温もりが、お互いを思いやり続け、
いつまでも幸せだと感じることができるだろう。

相手を信じること。
相手の苦悩を感じること。

お互いがお互いを思いあっていれば、
何の問題もなく、幸せな日々を過ごすことができるだろう。

私たちは、皆を見守っている。
それぞれが、それぞれの学びを得られるように。

今日という日をどうか忘れないで。
皆があなたたち二人を、心から祝福している。

おめでとう。

2009年06月25日

温かい心

人と接するときは、
自分がやってもらって嬉しいことを、やっていこう。

心に余裕があるときは、
率先してできることであっても、
自分の状況によって、
率先できないときがある。

感情で、左右される人間の心。

単純だけど、それは良い意味で捉えると、
変わることがいつでもできるということ。

変わっていく勇気を持つことが、
人としての成長を深めていく。

継続する勇気も大切。
変わっていく勇気も大切。

今の自分と、
将来なりたい自分を見比べ、
周りの状況を判断して、
どうしていくのが一番いいのかを、改めて感じていこう。

いつでも軌道修正はできる。

立ち止まることも、
振り返ることも、
突き進むことも、
すべて、あなたの判断で決めることができる。

そしてそれは、いつも間違っていない。


2009年06月24日

イニシアティブは、誰?

色んな物事が目の前で、
起きては、消え、
消えては、起き…。

それは、解決したり、しなかったり…。

その判断基準を間違えてしまうと、
誰もついてきてくれなくなる。

問題が絡まってしまったら、
もう一度、最初に戻ろう。

基本は何?
何のために?
誰が?
どうしたいの?
それに対して、自分はどう携わっていくの?

自分を蚊帳の外に置かないで。

いつもすぐに動き出せるように、
アンテナを高くしていこう。

誰がイニシアティブを取っているのか。

その人の見ている方向は、どこか。

そこに広がっている分野を、
違う角度から見ていくことで、
新しい何かが、きっと見えてくる。

2009年06月23日

悩み

色んな悩みがあることだろう。

1つ解決できれば、
また1つ、何か気になることが出てくるだろう。

何事も、いっぺんにすべてを解決できることはない。

少しずつ、少しずつ、解決の糸口は、見つかっていく。

1つひとつを納得しながら、解決していこう。

2009年06月22日

タイミング

自分のタイミングと相手のタイミングは、微妙に違う。

こちらがどんなに焦っていても、
相手にとっては、まったく関係ないこと。

それを無理やり押し付けると、
人間関係が崩れてしまうだろう。

相手が何を優先しているのか、
相手の立場に立って、客観的に見てみると、理由がわかってくる。

誰もが、自分が主人公の人生を送っている。

誰もが、それを自覚しながら、
でも何とか自分の思い通りに、物事が運ばないか、試行錯誤している。

それぞれの意見があっていい。

それぞれが学ぶものだから、
意見交換をして、納得して生きていこう。

他人の意見を聞けるときは、
自分が成長したいと思っているとき。

タイミングを見極めて、共存していこう。

2009年06月21日

流れの中で

色んな流れの中で、
今の自分を見つめなおす。

流れにどっぷりはまることなく、
大きく外から見ていこう。

きっと、流れの中で、
右往左往している自分を見つけることになるかも。

焦ることなく、見ていこう

2009年06月20日

~佛教用語:坐禅のススメ~

2009年5月30日に、東銀座で、坐禅の体験イベントを行ないました。
今回は、そのときの写真と体験記事をご覧頂きたいと思います。

尚、このときの模様は、
6月18日(木)のスポーツ報知に掲載されております。



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今、坐禅が静かなブームを呼んでいる。

ヨガ・気功・太極拳・ピラティス等、
様々な癒しやリラクゼーションといったものが、流行ってきたが、
今、禅が老若男女を問わず、カルチャーの一部として受け入れられている。

アロマテラピーやエステマッサージといったものが、
都会に住む我々に癒しと安らぎを与えてくれるが、
今やその中に忽然と禅の空間が出現している。

間接光に照らし出された薄明かりの中、浮かび上がる畳と障子、
かすかに香る線香の匂い、水の流れる音、
純日本風の庭園にも似た和の佇まいの中で、静かに足を組む人々。

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何と言うことはないビルの一室の中に、
坐禅を求めて、仕事帰りの会社員が、足を運んでいる。
このような光景は、朝出勤前にも見受けることが出来る。

書店に行けば、禅に関するコーナーが設けられているぐらい、
今、禅は静かに人々に受け入れられている。

坐禅と言えば、
都会を少し離れた静かな山の中に佇むお寺の中で、
精神を鍛えることを目的とした人が、真剣に己と向き合う…、
そんな風景が目に浮かぶ。

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しかしながら、一般の方が、足を運ぶには、敷居が高く、
またどこに行けば体験することが出来るのか分からない。

  ・初心者は受け入れてくれるのか。
  ・一体何時間坐らされるのだろう。
  ・少し動くと、お坊さんに木の棒のようなもの(警策:きょうさく・禅杖)で、 
   バシっと打ち据えられるし、お坊さんも怖そう。
  ・動いてはいけない。
  ・足がしびれる。
  ・怒られる。
  ・心を鍛えるにはいいのだが、取っ付きにくい。

私たちが、坐禅というと頭に浮かぶイメージではないだろうか。

禅は、鎌倉時代に、道元禅師や栄西禅師という二大巨頭によって、
武士階級の間に広まっていき、時代もその精神性を受け入れ、今日に至っている。

禅とは、正式には禅定(ぜんじょう)と言い、
サンスクリット語のディヤーナ(禅)の音写と、
その意訳としての(定:心を一点に定めること・静めること)
この2つを組み合わせてできたものが、「禅定」という言葉である。

静かに坐し、心を安定させ、統一された状態へと導いていく。
あわただしく日常を送らなければならない現代人にとって、
時間を確保することは、並大抵のことではない。

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そんな忙しい現代人向けに、今回の坐禅体験イベントは、企画された。

深山幽谷の地で、静かに禅を楽しむということはできないが、
いにしえより伝えられた禅の作法に則り、お経を唱え、
数息観(すうそくかん)という伝統的な観法を用い、一心に呼吸を行なう。

数息観…1で吸って、1で吐く。これを1~100まで繰り返す。
      およそ7分50秒~8分、これを3回繰り返す。
      時間が来るごとに、維那(イナ:禅の進行を取り仕切る導師)より音が入れられる。

3回目が終わると、維那が背中を軽くトントンと叩いてくれる。
(今回は、警策を使わずに、手でその代わりとなす)

動いてはいけないというプレッシャーから、やっと開放されホッと一息つく。
その後、全員で般若心経をお唱えし、今回の坐禅体験イベントは終了。

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すっきりと気持ちよく坐禅を組めた方もいらしただろうが、
大半の方は、足のしびれと、動いてはいけないという重圧との戦いの中で、
心を落ち着けることなど出来なかったのではなかろうか。

それでも、今回禅に触れ合った方々には、
自分なりの何かをしっかりと感じ取っていただけたと思う。

お釈迦さまの時代から、今日に至るまで、人の悩みは尽きることはない。
その解決法も、昔と何ら変わることもない。

人は心を落ち着けるために、静かに足を組み、
心の一点に意識を集中し、心を悩ませている原因を探る内観の法を発達させてきた。

その1つの形態が「禅」であるならば、
その中には、昔の賢人の智慧がたくさん詰まっている。

時間は掛かっても、いい。
すぐに解決に至らなくても、良いではないか。

ゆっくり息を吸い、ゆっくり息を吐く。それでいいんだよ。
これが昔の人たちの悩みの解決法。

今日は、「禅」を体験した方の意識の中に、
少しでも「禅っていいもんだなあ」と思ってくれる方がいらしたら、
この体験イベントもお役に立てたのではないかと思います。

ありがとうございました。

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2009年06月19日

騒がしい毎日

心を静めようとしても、
日常のモヤモヤが、頭をよぎる。

精神統一なんて、
自分の家では出来ないなんて、思っていませんか。

もちろん、テレビや家族がいる場所で、
精神統一なんて、難しいだろうけど、
ほんのちょっとしたお茶を注ぐ時間や、
お花を活ける時間、
掃除の時間や料理の時間など、
何かに集中しているときは、
精神統一が出来ている。

また、美味しいと思って食べているとき、
面白いと思って、何かを作っているときなどもそうである。

実は、精神統一するために、
心を静めようと頑張らなくても、
日常生活を楽しんでいれば、集中できている。

イヤイヤするものではない。
楽しんで、するものである。

2009年06月18日

揺らぎない自分

自分の内側から光を出す。

その光は、眩しくもなく、柔らかで、皆を包み込んでいる。

世の中を見渡せば、
自分の立場を見極めて、うまく生きようとしている人もいれば、
同じ失敗を繰り返し、自分を表現できずに、もがいている人もいる。

それでも、太陽は、皆に降り注ぎ、
1日は24時間という時間を、平等に与えられている。

忙しすぎる現代人は、日常生活に追われ、
自分の生き方について、考える時間すらない。

なぜ、生まれてきたのだろう。
なぜ、こうなったのだろう。

過去を振り返り、後悔しても、関の山。

今という地点をしっかりと見据え、
これからの自分を見ていこう。

過去での失敗を、繰り返さないように。

今、ここに立っている。
そしてこれから一歩を踏み出す。

いつもの日常のように見えるこの一歩は、
あなたの気持ちと共に、重みを増していくだろう。

変わらないで、持続することも、勇気。
大きく変わろうとすることも、勇気。

自分の信念が、揺らがなければ、
見た目が大きく変化したように見えても、
あなたは、あなたのままで、成長している。

2009年06月17日

中途半場な付き合い


人と人は、誰かを介してつながっていく。

誠心誠意を持って、こちらが対応していけば、
相手もそうしてくれると、ついつい思い込んでしまう人は多いだろう。

それは、こちらの思い込みであって、
相手には、相手の都合があり、立場があり、タイミングがある。

1回ぐらい断られたり、ダメだったりしたからと言って、
すべてをダメにすることもないだろう。

相手に見返りを求めないで。
相手には、相手の考えがある。

中途半端な付き合いになっても、
満足できるかどうかは、
自分が割り切れるかどうかになってくる。

どうか、投げやりにならないで。
感情で物事を考えないで。

自分の生き方は、自分で決めよう。
相手の生き方は、相手が決めること。

そこを間違えて、出しゃばっては、
せっかくのつながりが変になってしまうだろう。

どこまで、割り切れるか。
どこまで、譲歩できるか。

自分の判断基準は、
人の意見に左右されることなく、まっすぐ伸びている。

人の意見を聞くことで、その幅が広がっていくだけである。

2009年06月16日

求めないで、行動すること

あなたは何を求めていますか。

恋人や友人、家族からの愛?
新しい仕事?
コミュニケーション?
健康?
お金?
決断する心?

人によっても、その時々によって、
求めていることは様々。

でも少しお待ちください。

他人に求めたり、
ましてや神様、仏様に拝んで求めたりしても、
何が変わるというのでしょうか。

まずは、自分から動いていくことが大切。

愛を求めているなら、
自分から優しい心で、言葉を掛けてみましょう。

新しい仕事や取引先を求めているのなら、
机の上で考えるより、
人と会話して情報を集め、
自分の足で、探していきましょう。

人からのコミュニケーションを求めているのなら、
勇気を出して、挨拶をしてみましょう。
苦手な人ほど、こちらから、接していきましょう。

健康を求めているのなら、まず歩くこと。
持病とは、戦うわけでなく、共存していくこと。

お金は、結果であり、
それを先に求めてしまうと、
出し入れだけに目が奪われ、頭打ちになってしまうでしょう。

大きなことを決断するときは、
たくさんの情報と分析が必要になります。
モンモンと考えて、堂々巡りになるより、
外に出て、自分を客観的に見ていきましょう。

何事も、求めないで、
自分で行動していくこと。

結果は後から必ずついてくるでしょう。

2009年06月15日

意識をして生きていこう

目的もなく、
ただただ日常生活に追われ、
時間を過ごしてしまうと、
ふとした瞬間に虚しさを覚えてしまう。

そんな経験は、ないだろうか。

忙しいときは、
目の前のことをこなすことに精一杯。

それを達成感していくことで、
自分が満たされていることを感じていただろう。

だが、目の前のことをこなし慣れ、
ある程度心に余裕ができたとき、
目的としていることがわからなくなり、
「こんな人生で自分は良いのだろうか」と悩んでしまう。

どんなに成功しても、慢性化してしまうと、
次の刺激を求める。

心が満たされない現代人が多いのは、
根本的なことが、不安定だから。

政治的なことや、経済全般になると、
自分1人の力では、どうしようもないが、
1人ひとりが、自分の目的を明確に思い描き、
意識していくことで、世の中は変わってくる。

意識をして生きていこう。

2009年06月14日

少しずつ、少しずつ

波は、大きく変わることはない。

少しずつ、少しずつ、変化は訪れる。

意識して生きていこう。

きっと、あなたが望むように、変わっていく。

2009年06月13日

~佛教用語:坐禅4(自己観察のススメ)by koei~

お釈迦さまの時代、カースト制度はもっと厳しく、
その中で、お釈迦さまは、人の絶対的平等を説かれた。

お釈迦さまの教団の中には、身分の低いカーストの方々もおられ、
その高弟の中にも、何人かこのようなカーストの方を登用されている。

私たちが日々の暮らしの中で、迷い・苦しむことといっても、
時代が違うとはいえ、ここまでのことはないが、
お釈迦さまの提唱された仏教が、
このような背景の中から生まれてきたことを知るだけでも、価値のあること。

しかし、いくら教を読み、仏教を修行しても、
心の中に残る虚脱感・虚しさ、そういったものは、未だ解決されてはいない。

おそらく、この後の人々にとっても、
その悩みは同じこと。

人によって、悩みも苦しみも、
その度合いはすべて違う。

その救いもまた然り。

己を救い、その苦しみから解き放つことの出来る存在は、
己でしかない。

仏教を学び、
禅を組んでも、
その中にある本質を見出していくのは、
教えを説く人でも、仏様でもない。

あなた自身なのだ。

静かに、足を組み、
己が呼吸にすべてを託し、
雑念と足のしびれと戦い、
ひと時、自身と向き合ってみる。

世の苦しみ・苛立ち・虚脱感・虚しさ、
このようなひきこもごものことを、
足を組み、瞑想をしても、
何も、誰も、解決してはくれない。

誰もが、何もしてくれないが故に、
叫びとは言わない叫び、嗚咽を正直に表わし、
苦しい・寂しい・悲しい・何をしていいか分からないと、
その姿をさらけ出してみるのも、禅のあり方である。

その在り様に、正しきものはない。

ただ、そのような己の姿に、
禅を通して接してみたとき、
己を正しく見定めて欲しい。

禅は、正しきものにあらず。
己が真実を映すのみ。

禅は、私たちの悩みをすべて解決してくれるわけではありませんが、
深く己を見つめようとする手助けには、なります。

そこに禅の意義と価値があるのです。

その価値に気がついたいにしえの賢人たちが、
長く守り伝え、手を加え、禅は体系化され、
今日のスタイルになったのです。

今や禅は、お寺に行かなくても、
坐禅のサークルやカルチャーセンターなどでも、
手軽に体験できるようになってきました。

一度機会がありましたら、是非ご体験ください。

皆さん、苦しくったって、いいじゃありませんか。

佛は、しっかりと見ていますよ。

そんな素直なあなたが、佛は好きなんです。


5月30日(土)に、報知新聞後援で、
坐禅体験イベントが、東銀座にて、開催され、
盛況のうちに終えることができました。

来週の18日(木)のスポーツ報知に、
記事が掲載されます。

もしご興味がございましたら、
ご覧くださいませ。

来週の20日(土)は、坐禅体験イベントの報告記事等を
お届けしたいと思います。



今日の内容は、心遍路で発行しているメルマガにも、掲載されています。

なるべく仏教用語に関するイメージを、スピリチュアルメッセージとして、
心遍路のメルマガに掲載して欲しいとの要望があり、
今までとちょっと違った角度から、
れいめい拳でスピリチュアルメッセージを下ろす試みをいたしました。

心遍路のメルマガは、毎週土曜日配信

紹介されるコーナーは、
心遍路 ココテン「むずかしそうで じつはかんたん 仏教用語」です。
   http://5510.jp/bukkyouyougo/

仏教用語などの好き嫌いは、人それぞれにあると思いますが、
スピリチュアルメッセージは、毎週土曜日、
皆さまにもお届けしていきたいと思います。

          スピリチュアルメッセーンジャー
                  日響 娃

2009年06月12日

興味ある? ない?

物事に興味があるか、ないかで、
人が得る情報量は変わってくる。

それは、一瞬の差かもしれない。

その瞬きするような一瞬の情報量でも、
毎日・毎月・毎年と積み重ねていくと、
ものすごい量になって、いくだろう。

あなたは、幅広い視野を持っていますか。

世の中の色んなことに興味を持つことで、
あなたが得る情報量は、変わっていくよ。

2009年06月11日

いい仕事をしよう

皆さんは、何のために仕事をしていますか?

生活のため?
将来のため?
何となく?
これが好きだから?

せっかくやるなら、自分の仕事を好きになろう。

今の自分は、本当の自分じゃない!なんて、言わないで。
今の仕事を好きになれば、本当の自分が見えてくるよ。

色んなものに関心がないと、何も進まない。

お金を追いかけて、仕事をしまうと、最初は頑張るだろうけど、
お金の出入りだけに、関心が出来ていき、
仕事がつまらないものに、見えてくるよ。

いい仕事をしよう。

自分が納得してやっていく仕事は、
いい仕事が次から次へと出来ていく。
自ずと、お金は後からついてくる。

関心を仕事に向けて、生きてみよう。

2009年06月10日

あなたの不安を取り除く術5:金銭編

人間の三大悩みは、
人間関係・金銭トラブル・健康面

お金がなくては、生活に困るし、
たくさんあると、管理や相続などに影響してややこしくなる。

その人のお金に対する価値観によって、
多いか少ないかを感じる心は、千差万別

他人と比べることはできないことなのに、
人は、他人と比べて自分を見るクセがついてしまっている。

もっといい家に住みたい。
もっといい物や洋服が欲しい。
もっといい物が食べたい。

そのもっとは、何と比べているのだろうか。

欲は、ある一定を満たすと、
また新たな欲となり、
それは永遠に続く。

誰にも言えないほど、お金に苦しんでいるのなら、
今の自分の生活を見つめてみよう。

そして、そうなった過去を、見つめなおしてみよう。

お金は、天下のまわり物。

働けど、働けど、苦しいということは、
今の基本生活が、少し偏っているのでは、ないだろうか。

でも仕方がない、と諦めないで。

今気付いたことは、
今からでも、やり直せる。

もっと勇気を出して。
今のあなたを変えていこう。

今変えなければ、
これからのあなたも変わらない。
きっと10年後も、何も変わっていないだろう。

さあ、勇気を出して。
今があなたの変わる瞬間(とき)。

2009年06月09日

あなたの不安を取り除く術4:人間関係 子供編

子供は、年は若いけど、
同じ人間として、扱っていくことが必要。

あなたは、子供のどんなことに不安を抱いていますか?

集中力がなかったり、
喧嘩っ早かったり、
意地悪だったり…。

それは子供たちが、知らず知らずのうちに、出しているSOS信号。
幼少期に、愛情をうまく受け取っているか否かで、分かれていく。

子供は、中学校に入る頃まで、
両親、特に母親の心の動きによって、影響を受けることが多い。

子育てに悩んでいるお母さんがいたら、
まずは、思いっきり子供を抱きしめてあげてほしい。
そして、同じ目線になって、話しかけてほしい。

「いつも側にいてくれる」
「見守られている」という安心感があれば、
子供たちは素直に育っていく。

子供は、年は幼いが、1人の人間として扱っていくと、もっと自立していく。

子供扱いして、何でもやってあげるのではなく、
自分で「やりたい」という気持ちに、
大人が導いていってあげること。

これは、子供に限らず、人間全体に言える。

人は、「誰かの役に立つことをして、褒められたりすると、とても嬉しい。」
上に立つ人は、そんな場を、部下や周りにどれだけ作っていけるか。

そしてほんの少しの変化でも気付いて、
声を掛けることができるかで、人の成長は変わってくる。

押し付けるのでなく、自ら行動できるように、子供を導いていくこと。

あなたの不安は、取り除かれていくことでしょう。

あなたの不安を取り除く術3:人間関係 夫婦編

お互いが望んで、夫婦となったのに、
何に不安で、毎日を過ごしているのでしょう?

相手の家族? 相手の仕事? 相手の人間関係? 相手の性格?

あなたと相手の仲が、うまく行っているときは、
相手の家族(ご両親など)とも、うまく取り持ってくれていたはず。

ギクシャクし始めたのは、
きっとあなたと相手のコミュニケーションがうまく行っていないから。

何を隠して、我慢しているの?
何を犠牲にして、ため息をついているの?

あなたの心は、今どこに向いていますか?

結婚したての頃の思いは、今どこにありますか?

自分だけが苦しんでいるわけではありません。
あなたが苦しんでいるということは、相手も何かしら気付いているはずです。

別れたいですか?
昔のように笑い合えるのなら、一緒にいたいですか?

あなたの心が、氷で閉されています。

心を開くには、少し時間が必要です。

少しでもホッとできる時間を持って、
人間らしい感情を、取り戻してください。

心が落ち着いたら、
信頼できる人に、話を聞いてもらって、
自分の心の不安を、分析してもらいましょう。

夫婦間の心の不安を取り除くことは、
1人で試みるより、2人の方が、早い。

自分たちで行なうより、第三者が加わった方が、
もっと客観的に、自分たちを見ることができる。

手遅れにならないように、
お互いの不安を取り除いていこう。

2009年06月08日

あなたの不安を取り除く術2:人間関係 恋人編

恋人関係で、何を悩んでいますか?

相手があなたの前からいなくなることで、それは解決できますか?
それとも、相手には、そばにいて欲しいですか?

何が不安なのでしょう。

相手があなたをどれほど想っているか、
表明して欲しいですか?

では、あなたはどうでしょう。
相手が求めていることに、応えていますか?

愛は、奪い合うものではなく、
与え合うもの。

相手に、何かして欲しいと思ったら、
まず、自分から、何かをすること。

ギブ アンド テイクの精神が、必要になってくるでしょう。

別れたいのなら、尚さらのこと。

自分の思いだけでなく、
相手の立場に立って、言葉を発すること。

誰一人として、自分の思い通りに、人は動かせない。

2009年06月07日

あなたの不安を取り除く術1:仕事編

新しい企画や仕事に取り込もうとしているときや、
職場が変わろうとしているとき、
なぜだか、頭によぎる不安。

「何」というはっきりしたものはないけど、
良いことよりも、
こうなったらどうしようと、
悪いことばかりが、頭から離れない。

石橋を歩いて渡るクセは、
決して悪いことではない。

慎重に、失敗しないように、
一歩一歩を踏みしめて歩いていく姿勢は、素晴らしいこと。

でももしかして、
一歩踏み出す前に、躊躇して、
止めてしまってはいないだろうか。

あなたは、何におびえていますか?

過去のトラウマ?
現状維持ができないかもしれないこと?
人間関係?
望んでいる条件じゃないから?
内容が自分に合わなさそうだから?

でも少しお待ちください。

そもそも、あなたにとって、仕事とは、何なのでしょう。

夢や興味ときっぱり言えれば、いいですが、
大半は、生きていくための収入を得ることでは、ありませんか。

あえて、自分が苦手な仕事を選ぶ必要はありません。

自分が出来そうな仕事を選ぶことが、第一。
そして、その仕事をやることで得る喜びを、イメージしてみましょう。

事務なら、作表や調べものができて、上司に報告したとき
接客なら、お客様の要望に応えられたとき
営業なら、進めていた提案が通ったとき
企画なら、アイディアが浮かんで、構成が見えてきたとき…

相手の笑顔が、自分の笑顔となって、返ってくるでしょう。

もちろん、研究や製造などの仕事も、直接相手が見えなくても、
その製品を使っていただいているという気持ちを、常に持っていれば、
自分の仕事にやりがいを感じていくことでしょう。

あなたがおびえていることは、何ですか?
あなたの不安を取り除く術は、たくさんあります。

企画内容・雇用条件・仕事場所・人間関係…

外的要素を1つずつ取り除いたとき、
あなたの心の中に、譲れない何かが引っかかっているはず。

それにおびえていることを、認識してみましょう。

そして、何におびえているかが分かれば、
一歩踏み出すために、何が必要かが、明確になっていくはず。

それは、自分の中だけで、解決できるものですか?
相手に聞いて、解決できるものですか?

1つひとつを分けて考えていくことで、
不安で曇っていた心が、晴れていくでしょう。

2009年06月06日

~佛教用語:坐禅3(自己観察のススメ)by koei~

お釈迦さまも、私たち凡人も、苦の原因はまったく同じ。

苦の種類:四苦八苦

四苦 (1)生苦:しょうく…生まれる苦しみ
    (2)老苦:ろうく・・・・老いる苦しみ
    (3)病苦:びょうく…病の苦しみ
    (4)死苦:しく………死の苦しみ

八苦 (5)愛別離苦:あいべつりく…愛するものと別れる苦しみ
    (6)怨憎会苦:おんぞうえく…嫌な人とも会わなければならない苦しみ
    (7)求不得苦:ぐふとっく……求めても得られない苦しみ
    (8)五蘊盛苦:ごうんじょうく…生きていること自体が苦しみ

※注:煩悩に3つ 貪欲(むさぼり)・頬憲(いかり)・愚痴(おろかさ)
   涅槃:ねはん(ニルバーナ)…煩悩の消え去った状態・悟りの境地

お釈迦さまも、苦の原因を探るために、
菩提樹の下で、同じように足を組み、
一生懸命に苦の原因と向き合われ、その解決法を見出された。

その教えが、仏教として、今日に至っているものだ。

さて、お釈迦さまは、何を見出されたのだろう。

それは、四諦八正道という考え方の中に、集約されている。

四諦八正道:したいはっしょうどう

  四諦  ・苦諦:くたい
          人は生まれながらにして、4つの苦、生老病死を背負っている。
          この苦は必然であり、誰も逃れることはできない。

       ・集諦:じったい
          苦には煩悩という原因がある。

       ・滅諦:めったい
          煩悩が滅して、苦のなくなった状態。悟りの境地。

       ・道諦:どうたい
          苦を滅して、悟りの境地に至る道が、八正道である。

  八正道 ・正見:しょうけん…正しい見方

        ・正思:しょうし……正しい思考

        ・正語:しょうご……正しい言葉遣い

        ・正業:しょうごう…正しい行為

        ・正命:しょうみょう…正しい生活

        ・正精進:しょうしょうじん…正しい努力

        ・正念:しょうねん……正しい記憶

        ・正定:しょうじょう…正しい精神統一


お釈迦さまの生きた時代、
もちろん現在のインドもそうだが、
カーストという厳しい身分制度があり、
人の下にも人がおり、それが当然とされた時代であった。

そのカーストは、
現代においても完全になくなったとはいえない。

現在のインドでは、
ヒンドゥー教が、大多数を占めているが、
イスラム教・仏教もその痕跡をとどめている。

今、そのインド仏教が、身分制度撤廃という見地から見直され、
人々の関心を少しずつ広げている。

私の学生時代の先輩も、まさにその渦中にいる。
(インド生まれの方で、中・高・大学を日本で過ごす。)

またの機会に、インドの仏教事情について、
お話をさせていただくとする。

さて、日本仏教会が、
インド仏教会と交流を深めようと、
お坊さん数人を布教目的で、インドに派遣している。

その時のエピソードをご紹介したい。

我々、修行僧は、修行の為に、
仏事以外の作務ということも大事な修行であると捉えているため、
掃除・洗濯・調理など一通りのことは、何でもできるように師より鍛えられている。

しかしながら、インドにおいて、
民衆の前でほうきを持って掃除しているところを、見られると、
お坊さんの説教は、見向きもされなくなる。

ほうきを持って掃除するというカーストがあり、
お坊さんが、掃除をしてしまうと、
そのカーストの人間という風に、見られてしまうため、
掃除をすることなど許されないのだ。

こんな調子だから、
トイレ掃除などしているところを見られようなものなら、
お坊さんは、もう終わりだ。

誰も話を聞いてくれることは、ないだろう。

従って、説教をする以外のことは、何も出来ず、
ただニコニコしているほかないということなのだ。

また、カーストの凄まじさは、
私たちの度肝をぬくことがある。

あるとき、言葉は悪いが、乞食の方の子供たちに、
手のない子や、目の見えない子供たちが、たくさんおり、
不思議に思った僧が、
「これは遺伝的なものがあるのか、
それとも、病気にかかっても医者にいけない為に、
身体に損傷をきたしたのか」と、尋ねたところ、

通訳の方が、
「いいえ、あれはわざと親がやっているんですよ」

「何てことだ!警察は何をやっているんだ」と、
憤慨したところ、通訳の方いわく、

「いいえ、違うのです。
 あれは親の深い愛情から、
 手や足を切り取り、目をつぶしているのです。」

「そんな馬鹿な!」

「カースト制度では、乞食の子は大人になっても乞食。
 普通の身体をしていては、人から物を恵んではもらえないのです。
 生きていくために、ああして子供を傷つけているのです。」

あまりの凄まじいその現状に、言葉を失ったと言う。

この話は、昭和も終わりに近づいた頃、
私が修行時代、インド帰りの僧より聞いた話だ。

その僧は、
「カーストの前で、我々僧侶は、あまりに無力。
 絶望的な思いで、逃げるように日本に帰ってきた」とのことだった。

※注 この文章の中で、乞食という言葉を使っています。
    差別的な言葉であることは承知しております。
    カースト制度というものをありのままの姿として伝えるため、
    敢えて使わせていただきました。
    もちろん、そのような方々を見下して使用しているわけではありません。
    そのことをお断りいたしておきます。


        ~以下、来週の13日(土)へつづく~




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仏教用語などの好き嫌いは、人それぞれにあると思いますが、
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皆さまにもお届けしていきたいと思います。

          スピリチュアルメッセーンジャー
                  日響 娃

2009年06月05日

共有すること

それぞれが、
自分が主人公の人生を送っている。

別々の道  別々の表現

でもその中で、共有できるところは、何だろう。
共感できるところは、何だろう。

人は、1人で生き抜くことは、とても難しい。

他人と手と手を取り合って、
同じ考えのもと、同じ表現をすることは必要ないが、
どこか共有できるところはないか、探ってみよう。

考え方が違うのは、当たり前。
出来ることと出来ないことがあるのも、当たり前。

そんなバラバラな人たちが、それでも集まろうとするのは、
何かに共感して、時間や方法を共有しようとしているからじゃないのかしら。

色んな表現があっていい。

あなたに出来ることは、あなたより他人が知っていることが多いかもしれない。

もっと自分に自信を持って。

色んな人たちの良さを認め、
その輪の中の1人として、自分を置いたとき、
自ずと役割が見えてくるはず。

共有することを、感じてみて。

今の時間を
これからの未来を

2009年06月04日

軌道修正は早めに

言い訳より、間違いを認めて、次を考えていこう。

人は、自分の間違いを認めたくない。

できれば、自分の思う通りに、
また、誰かからの指示通りに、
物事が運んでいけば、いいと考えている。

色んな思惑を持っている人たちがいる。

良い・悪いでなく、
それぞれが自分が主人公の人生を歩んでいるのだから、
意見ややり方が違って当たり前。

でももし、仕事や日常生活などで、
意見がずっと対立したままだったら、
どちらもお互いにやりにくいだろう。

どちらかが客観的な判断ができれば、
もめることはないだろうが、
どちらも思い込みが激しいタイプなら、平行線のままだろう。

意見が通る、通らないは、
勝ち負けではない。

今の流れに合わなかっただけ。

営業や企画などで、提案が通らなかった場合、
ニーズやコンセプトをもっと絞っていければ、
求められていくことが分かってくるだろう。

軌道修正は、早めにしよう。
そして、残された時間を有効に使っていこう。

2009年06月03日

相手の心を汲む

今の現代人のほとんどは、
日常生活の忙しさに、本来の自分を失い、
相手のことを思いやる気持ちを、忘れかけている。

相手がどう思って、その言葉を投げかけたのか。
言葉の裏には、ヘルプという思いが詰まっている。

悩みながら、落ち込んでいたり、
物事がうまく進まなくて、イライラしていたり。

本当に言いたい言葉を、
本当に言いたい相手にスッキリ言えれば、
誰も悩むことはない。

子供の頃は、スッキリ言ってケンカして、
また仲直りして、相手の感情を学んでいくという繰り返しだったのだろう。

相手がいつもと違う変な反応をしたときは、ヘルプのサイン。

何かを言いたくて、でも言えなくて、
他の誰かに、別のことで、過剰反応をしてしまっている。
現代人の多くは、別の人に、別のことで、ストレスの発散をしている。

家族や、会社や、色んな仲間の中に、
1人でも、相手のヘルプを感じて、対応してあげることができれば、
その人は安心し、本来の自分を取り戻すことができていくだろう。

心に余裕を持って、生活をする。
時間に余裕を持って、過ごしていく。

どんなことにも、余裕を持って行動していくと、
ちょっとした変化にも、冷静に判断していくことができる。

自分に余裕ができてくると、
相手の心を汲むことも、当たり前にできてくるだろう。

まずは、相手に望むのではなく、
自分に、余裕を持って、生きていくこと。

あなたなら、きっとできる。

2009年06月02日

挨拶はこちらから

どちらから挨拶したっていいじゃない。

勝ち負けじゃなく、
気持ちよくその時を過ごすための
コミュニケーションの1つ。

悶々としているより、
頭を下げたほうが、
時間に無駄がなく、よりスムーズになっていく。

何事もこちらからコミュニケーションをとること。

人は、1つの角度から見てしまうと、
とても単純で、良いか悪いかの判断でしかないけど、
色んな角度で見てみると、
意外と面白い生き物である。

好き・嫌いではなく、
興味を持って見てみること。

すると1つの挨拶にも、
笑顔が生まれ、会話が始まっていくだろう。

2009年06月01日

スピリチュアルメッセージ:2009年6月の運勢

表面的には、あまり動きがなく、
止まっているように見えるが、
底では、速いスピードで、変化している。

今まで、滞っていた事柄や、未整理のものを、
必要か不要かの判断をする時期となっている。

その下準備の月になるだろう。

表立って、大きく動き始めるのは、
今月ではないが、
自分の中で、不明瞭だった点が、
明確になってくる。

相手とコミュニケーションをとり、
互いに納得のいくまで話し合う時間が必要だろう。

以前からのやり方が、正しいわけではない。

疑問を持ったら、とことん話し合って、
膿は、今月中に出してしまおう。

言い争うわけでなく、
意見交換をして、互いに納得していこう。

2009年05月31日

自分を見つめなおす

1人ですべてを背負わないで。

あなたの周りには、
仲間と呼べる人がいる。

この世の中、
独りぼっちだと嘆かないで。

あなたの行動が、
すべてを反映させているだけ。

責任を誰かのせいにすることは、
とても楽なことだけど、
それでは、いつまで経っても、
同じことの繰り返し。

今ある自分を、
卑下するわけでなく、
逆に誇張することもなく、
あるがままの自分を見つめてみよう。

どんなに素敵な自分が、
そこに映っているのだろう。

どんなに嫌な自分が、
見え隠れしているのだろうか。

すべての部分を含めて、
自分だということを、
改めて自覚していこう。

2009年05月30日

~佛教用語:坐禅2(自己観察のススメ)by koei~

さて、先週、私の属している天台では、
坐禅のことを、止観と呼ぶということを述べた。

そこで少し、この止観のお話をすることにしよう。

(これから先は、
私のブログ 気功教室『真帆片帆』に載せたものを一部転載いたします。)
http://www.reimeiken.com/kikou/cat17/


禅の思想の発展は、
達磨禅(禅宗)と天台の止観とが二大潮流であり、
本質は変わらないが、その表現方法には、各々特長がある。

禅宗においては、不立文字、教外別伝を標榜している。
(禅の思想においての理論的な説明は行なわない。)

達磨大師は、六世紀の初頭、
インドから中国に渡り、禅を伝えられた。

天台の始祖天台大師(538~597)は、その後の生まれだが、
達磨禅とは、一線を画くし、摩訶止観十巻を中心とした禅書を著し、
仏教のあらゆる禅行法を座禅の行に統一された。

日本天台は、伝教大師最澄(766~822)によって創始され、
その教学を中国天台より伝承した。

そもそも止観とは、
 止(念を法界につなげること)
 観(念を法界と1つにすること)と定義されている。
少しラフにいうと、「心を留めて真理を観察すること」という意味。

そして、止観の実践として、禅定を組む。

禅定(ぜんじょう)とは、
サンスクリット語のディヤーナの音写(音をそのままの漢字に当てはめる)と
その意訳(意味を解釈し、意味にあった漢字を当てはめる)の定を合成してできた言葉である。

つまり智慧と真理に至るための教義を止観法門といい、
その実践を坐禅という。

止観と坐禅は、表裏一体であり、
優れた止観の実践方法を坐禅と位置づけている。

さて、比叡山を開かれた最澄さんは、
この止観という概念を教義の中心におき、
最初の堂を建てられた折には、
一垂止観院(いちじょうしかんいん)と名付けられた。

そしてまず始めに、その教義を止観業と遮那業の2つに大別し、
止観業:しかんごう(法華経を中心とした学科)、
遮那業:しゃなごう(大日経を中心とした密教学科)とされていた。

密教には、独特の修行法がある。 (ここでは、割愛いたします)

止観業では、
法華経を理解するにせよ、
他の天台教学を学ぶにせよ、
この止観を用いて学ぶべきであると考えられたのだ。

前置きは、随分と長くなったが、
比叡山における修行の中心に、この止観という考え方が重要視されていたのだ。

そこで中目黒において、坐禅の会に、止観クラブと名づけたのである。

少々話は硬くなったが、一般の方には、
「自分の内から沸き起こってくる苦しみや悲しみ、辛さの原因を、
心を静めて、観る。観察することですよ。」と申し上げている。


        ~以下、来週の6月6日(土)へつづく~



今日の内容は、心遍路で発行しているメルマガにも、掲載されています。

なるべく仏教用語に関するイメージを、スピリチュアルメッセージとして、
心遍路のメルマガに掲載して欲しいとの要望があり、
今までとちょっと違った角度から、
れいめい拳でスピリチュアルメッセージを下ろす試みをいたしました。

心遍路のメルマガは、毎週土曜日配信

紹介されるコーナーは、
心遍路 ココテン「むずかしそうで じつはかんたん 仏教用語」です。
   http://5510.jp/bukkyouyougo/

仏教用語などの好き嫌いは、人それぞれにあると思いますが、
スピリチュアルメッセージは、毎週土曜日、
皆さまにもお届けしていきたいと思います。

          スピリチュアルメッセーンジャー
                  日響 娃

2009年05月29日

出会いは不思議

人との出会いは、不思議である。
1人から2人、3人と、その核となる人物が、人を呼んできてくれる。

自分の人生の中で、どれだけの人と出会うことになるのだろう。
子供の頃から考えると、とてつもない位たくさんの人たちにお世話になった。

ふと、幼稚園の頃の友だちや先生、用務員のおばさんの顔がよぎる。
どちらかと言えば、過去の出来事を思い出すというより、
写真の1コマをつなげているといった方が、良いかもしれない。

今、再会しても、どんな会話が成り立つのか、まったく想像もつかないが、
それぞれの時代ごとに、満足のいく過ごし方をしてきたように思う。

今の時代も、やがて過去の出来事になっていく。
1人ひとりの出会いを大切にし、
お互いが満足のいく過ごし方を、心がけていこう。

皆、自分中心の人生を送っている。
出会いや別れを経験し、それでも人は出会いを求めている。

自分が求めていることを、明確にしていけば、
その内容に応じた出会いが、自ずとやってくるだろう。

意識を持って、時を過ごしていこう。

2009年05月28日

学びの瞬間(とき)

変化はさざ波のように
かすかにやってくる。

いつの時期に気付くかは、
本人の意識しだい。

そして、それに対して、
どのように対応していくのかも。

この日常生活が、学びの場。

自分を探して旅に出ても、
内面を振り返ることを忘れている。

いいこと、悪いこと、
すべてをひっくるめて、
何を考え、何を感じるのか。

出来事の表面に、
心を奪われることなく、
冷静に、客観的に、
物事を見つめていこう。

本質は、必ず見えてくる。

焦ることなく、ゆっくりと。

2009年05月27日

自分を信じる

自分を信じる。
どんな状況になったとしても、自分を信じる。
そして、自分を信じてくれている人たちを、信じる。

壁は自分で作っている。
悪いことも良いことも、日常生活で起こるが、
あきらめてしまうと、また同じ壁にぶち当たる。

自分を信じて最後までやり続けることで、
壁を乗り越え、次の道へと続いていく。

結果を求められるのは、仕方のないことだが、
あきらめないという気持ちが、大切。

1つのことにあきらめない姿勢が取れると、
すべてのことにも関連してくる。

どんなに小さなことであっても、
あきらめない姿勢が、やがて自分を変えていく。

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