トリニティメソッド ® 10の7

トリニティメソッドの内容に入る前段階で、
随分と長い話をしてしまいました。

他の人からすれば、
「そんなの偶然だよ、気にしすぎ!」なんて言われそうですが、

1つひとつの出来事を、しっかり見つめていくと、
すべてにつながっているように感じてしまい、
どうしても早足で進んでいけなくなっています。

目の前で起きる出来事の1つひとつ、
相手が怒っている時の、その裏側まで理解を広げて、
温かく見守っていきたいと思っております。

さて、トリニティメソッドの内容に進みましょう。

まず、なぜ私たちが、最近、神社にお参りしはじめたのか。
そのことから、お話しましょう。

今から3年前に、主人の故郷である九州に里帰りした折、
博多祇園山笠で有名な櫛田神社にお参りしました。
その時、社殿の中より、問われたことがあります。

「おお、使者が参られた」 

「使者?いいえ、私どもはそのような者ではありません。ただの人間です。
 ご縁を結びたくて、ここに参りました。」

使者・・・一体何のことだろう。その時は意味が分からず、そうお答えしました。

またいくつかの神社で、
やはり同じように声を掛けられることが多くなってきたので、
私たちを導く存在に、尋ねてみました。

「神社にお参りに行くと、使者が来られたと声を掛けられます。
 これは一体どのようなことを意味するのでしょうか。」すると、導き手は、

「まず、神々にはお役目があり、その存在と役割によって、格が与えられている。

 言い換えれば守るべき土地や地域があり、
 よって神々は一歩もその場所を離れることができない。

 だが唯一許されているのが、神無月(11月)である。

 多くの神々は出雲へと赴き、意見や情報を交換し、
 これからの日本をどう導き守るのかを相談する。
 これが、年に1度行なわれている。

 普段の神々は、持ち場を離れることができない故に、
 神々の間を行き来する者が必要となる。つまり人のことである。

 特に、無私なる願いを持ち、清き光を発するものが使者となる。
 神々に己の欲を願う者は、使者とは足り得ず。

 あなた方が赴いた神社にて、使者が来たと言われたのは、
 無私なる光を身にまとい、その光の中に込められた情報を、
 神々が読み解いたからであろう。

 故に、無私なる願いを持つ者たちは、すべて使者と言える。
 あなたもその中の1人である。

 神と神との情報の交換は、多くはそのようにして行なわれている。

 人の往来のある神社は栄え、人の途絶えた神社は寂れていく。

 あなた方人は、知らず知らずの間に、そのような役割を担っているのだ。」