ゲリー・ボーネルさんの言葉から

こんにちは、日響娃です。

昨日、癒しフェアに行ってまいりました。
いつもは、MISTYブースの鑑定を終えて、帰ってくるのですが、
今年は、色々と回ってきました。

実は、日本の神様カードを制作なさった大野百合子さんが、
ゲリー・ボーネルさんの講演の通訳をなさることを知り、
その講演を拝聴いたしました。

(大野さんとは、日本の神様カードを通じて、知り合いになりました。
 と言っても、まだ直接お会いして、ご挨拶もしていない関係で、
 肉体同士でお会いするのは、今回が初めてでした。)

ゲリー・ボーネルさんと大野さんのやり取りは、
とても息が合っていて、心地のよい空間になっていました。

もちろん、内容も濃く・・・。

一番印象に残っている言葉は、

「人は観察するために生まれてきている」
「葛藤は、もういらない」

昨日の夜、就寝前に、その言葉を思い出しながら瞑想をしました。

「私は何を観察するために、生まれてきたのだろう。」

そう想うと、つらつらとこんなイメージが浮かんできました。

それは、今日の癒しフェアのMISTYブースにて、
鑑定をしたときに感じたことと同じような感じ。

・・・

れいめい拳をして、その人の魂の本質に触れ、
その人に、魂の本質からの言葉を伝えると、その人が変わる。

大きくガラリと変わるのではなく、今までの自分を見つめ直し、
自分ってこうだったんだ~って、認められるようになる。

変わるというより、気づくという感じ。

その気づきをそばで一緒に感じられることに、喜びを得る。

人の変化に喜びを得ながら、
人間として生きる私も、皆と同じように体験をし、
自分自身を見つめ直し、自分自身をも認めていく。

毎日を生きていると、
嬉しいこと、悲しいこと、嫌なことなど、色々と体験をする。

自分自身への期待と不安、
周りの人への切望と現実とのギャップがあり・・・、

その中で、色んなことを感じ、悩み、決断していく。

「葛藤」するために、生まれてきているわけではない。
「楽しむ」ために、生まれてきている。

この2つの言葉の間に、
「観察するために生まれてきている」という考えを入れると、
なんとなく、流れがスムーズに感じた。

「葛藤」するために、生まれてきているわけではない。
「観察」するために生まれてきている。
そしてそれを「楽しむ」ために、生まれてきている。

今までの葛藤や悩みにも意味があって、
それ自体は、観察を深めるためにあるもの。

そう考えると、葛藤や悩みは、目的の途中にあるものであって、
葛藤や悩みを解決することが目的でないことが、自ずとわかる。

葛藤や悩みに対する感覚が、少し軽くなった気がしてきた。

・・・

ゲリー・ボーネルさん、大野百合子さん
気づきをありがとうございます。

そして、癒しフェアで出会った皆さま、
またチラシ配りを手伝ってくださった方々、
本当にありがとうございました♪

色々な人と触れ合いながら、
それぞれが気づき、それぞれが成長していくのですね☆

こうして、感じたことを、
このブログで発信できるこの世の中にも感謝です。