2018年6月 3日

7月 阿佐ヶ谷 気功教室 スケジュール

阿佐ヶ谷 気功教室のスケジュールをお知らせします!

7月    2日(月)  阿(2レクリエーション室) 朝10時-11時半

      9日(月) 阿(2レクリエーション室) 朝10時-11時半

    16日(月) 祭日につき、お休み

     23日(月) 阿(2レクリエーション室) 朝10時-11時半

     30日(月) 阿(2レクリエーション室) 朝10時-11時半

         会場    阿...阿佐ヶ谷地域区民センター   杉並区阿佐ヶ谷南1-47-17

         産...産業商工会館         杉並区阿佐谷南3-2-19

7月 東銀座 気功教室 スケジュール

東銀座 気功教室のスケジュールをお知らせします!

7月 3日(火)  3階 第三和室 19時-20時半

         10日(火)  3階 第三和室 19時-20時半

         17日(火)  3階 第三和室 19時-20時半

         24日(火)  3階 第三和室 19時-20時半(坐禅)

         30日(火) 第5週目につき、お休み 

会場・・・築地社会教育会館 中央区築地4-15-1

6月 阿佐ヶ谷 気功教室 スケジュール

阿佐ヶ谷 気功教室のスケジュールをお知らせします!

6月    4日(月)  阿(2レクリエーション室) 朝10時-11時半

     11日(月) 阿(2レクリエーション室) 朝10時-11時半

     18日(月) 阿(2レクリエーション室) 朝10時-11時半

     25日(月) 阿(2レクリエーション室) 朝10時-11時半

         会場    阿...阿佐ヶ谷地域区民センター   杉並区阿佐ヶ谷南1-47-17

         産...産業商工会館         杉並区阿佐谷南3-2-19

6月 東銀座 気功教室 スケジュール

東銀座 気功教室のスケジュールをお知らせします!

6月 5日(火)  3階 第三和室 19時-20時半

         12日(火)  3階 第三和室 19時-20時半

         19日(火)  3階 第三和室 19時-20時半

         26日(火)  3階 第三和室 19時-20時半(坐禅)

会場・・・築地社会教育会館 中央区築地4-15-1

2011年4月14日

中央エフエムの収録

中央区で活動されている中央エフエムさんから、
ラジオ収録の依頼がきました。

2011年4月7日に放送されました。

その模様が、中央エフエムさんのブログで、
掲載されていましたので、ご紹介いたします。

http://fm840.jp/blog/hello/2011/04/07/8311

収録内容がCDで送られてきましたので、
個人的にご興味のある方は、お貸しすることも可能です。

お知らせくださいませ。


                日響 娃

2009年7月11日

~佛教用語:慈愛2(あの暑い1日を忘れない) by koei~

あれから何年経ったのだろう。

電車のつり革につかまりながら、
漠然と広告に目をやっていた折、
目に飛び込んできた、週刊文春の広告。

御巣鷹山墜落、坂本九、遺族が涙する「24年目のメッセージ」

「ああ、あれから24年も経つのか。
 あの日は本当に暑かったなあ。
 読んでみるかなあ。」

早速購入し、まず真っ先にそこから読んでみた。

ここからは、文春の記事を参照させていただく。



昭和60年8月12日 JAL123便が群馬県御巣鷹山に墜落
520名の尊い命が失われた。
その中に、坂本九さんがおられた。

私の年代では、実際に九さんの歌っている「上を向いて歩こう」や、
「見上げてごらん」をテレビやラジオで聞いていた。

透明で、ハスキーなあの歌声、
聞くものの心に染み通る、懐かしい昭和を代表する名曲である。

さて、九さんのご遺族である柏木由紀子さん、
小学6年生と3年生になる娘さんを連れて現場に向かい、旅館にて待機。
ご遺体が発見されたのは、それから1週間後のことであった。

3人がその後、事故の話を出来るようになったのは、
娘さんたちが、20歳を過ぎてから、
ようやくその話が出来るようになったという。

人が死を受け入れること、
それが、突然いなくなってしまったのだ。
愛する人の場合は尚更のこと、
時が癒してくれるのを待つしか、方法はないのだろうか。

さて、3人でパリに旅行したとき、ムーランルージュに入ると、
3人を日本人と感じた楽団の方が、「上を向いて歩こう」を演奏し始めた。

親子3人は、「アッ」と顔を見合わせた。

ヨーロッパに行った際も、レストランに入ると、
バイオリン弾きが、偶然「上を向いて歩こう」を弾いてくれる。

九さんは、もうこの世にいない。
しかし世界中で、九さんの歌は、演奏されている。
そして彼女の元に、
数年前から中学生より相次いで手紙が届くようになった。

「『心の瞳』を歌いました」という内容。
九さんは、事故の3ヶ月前に、
最後のシングル『懐かしき Love-song』を発表された。
そのB面に収められている曲が、
愛とは何かをテーマにした『心の瞳』であった。

テレビで歌われたことがないので、
私も初めてそのような曲が存在していることを知った。

この曲は、全国の中高生が、今、合唱曲として歌っているそうである。
一度聞いてみたいものだ。

学校の「道徳」の時間に、坂本九さんのことも、教えられていると聞く。

『上を向いて歩こう』がヒットしている頃、
北海道で、小児麻痺が急増したことを知った九さんは、
長年北海道でチャリティー番組の司会を続けておられたことや、
とても家族思いだったこと、
九さんの活動が、学校の授業で教えられていること、
『心の瞳』という曲が、全国の合唱団で歌われていること、
当の柏木さんご自身が、まったく知らずに、
色々な方からの手紙でお知りになった。

柏木さんが、ある学校に呼ばれたとき、
『心の瞳』の合唱の指揮をした男の子が、演奏後に、
「あの事故のことを知り、僕は飛行機の整備士になろうと思いました」
この言葉を聞いたとき、事故の後に生まれた子供たちのそんな言葉に、
自然と涙が溢れ出てきた。



そんな柏木さんの体験談が、文春に掲載されていました。
(この体験談の多くは、週刊文春よりの記事を掲載させていただいております)

私も文春に載せられてあった九さんと柏木さんご一家の記事を読んだとき、
胸がとても熱くなりました。

人の死は、悲しいものですが、
墜落機に乗っておられた方々のお1人おひとりにも、
たぶんこのような物語があるのでしょう。

死して後にも、
人々に感動を与え続けてくださる。

お亡くなりになった方々の物語は、これからも続いていきます。

あの夏の暑い日より、
この胸に突き刺さったままになっていた私のトゲも、
柏木さんや九さんの生き方に感動を覚えた今、
やっと抜け落ちてくれたようです。

人の生きることの素晴らしさと共に、
その方々が生きた証が、今でもこの世に感動を与え続けていてくれる。

そんな「慈愛に満ちた物語」に接することが出来たことに、感謝すると共に、
御巣鷹山にて、散って逝かれた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

注:慈愛…苦しみや悲しみを取り除く見返りを求めない仏の深い思いやりや慈しむ心を指す

2009年7月 4日

~佛教用語:慈愛1(あの暑い1日を忘れない) by koei~

何気ない日常、
いつものように地下鉄に乗り、つり革につかまる。

いつものクセで、
車内の中吊り広告に目をやる。

週刊文春の中吊り広告にふと目が留まる。

何気なく追いかけていくと、
御巣鷹山墜落 坂本九遺族が涙する「24年目のメッセージ」という
タイトルが目に留まった。

あの日は、暑かったなあ、
あの日のむせ返るような暑さがよみがえる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それは、夏の暑い1日だった。
学生の頃、大阪の四天王寺に、
春と秋のお彼岸と、夏のお盆の頃、
学費を稼ぐためにバイトに出かけていた。

私の担当は、四天王寺内にある北鐘堂での回向、
5~6人のお坊さんが、
1日中交代で朝から晩まで、お経を上げ、
薄い杉の板(塔婆)に書かれた戒名の束を、
一心不乱に、読み上げる。

四天王寺は大阪の仏壇と呼ばれるぐらい大きく、
お彼岸、お盆、弘法大師の縁日である毎月21日などは、
どこからか人が湧いてくるのかというぐらい、人々でごった返している。

その人々が、手に経木を持ち、
金堂、亀井堂、北鐘、南鐘、等々の全伽藍で、
回向が一斉に行なわれる。

一週間もぶっ続けでお経を上げ続けると、
さすがにお坊さん方も、声がかれてくる。

信者さんとお寺、お坊さん、
立ち上る線香の煙と、
境内に生えている木という木に、鈴なりになったクマゼミの声、
それらが渾然一体となって、
それはもう賑やかな喧騒に満ち溢れた空間が、そこにはある。

さて、夏の暑い暑い、あの日のことは、
今でも覚えている。

日航ジャンボ機が、行方不明になったというニュースが、
ラジオから流れてきた。

所在は、今もって不明。

皆で無事なら良いのだがと、心配していたところ、
数時間置きに、未だ不明、所在はつかめないまま、
私もお経を上げながら、吹き出る汗とむせ返るような線香のにおいの中で、
無事に見つかることを祈るばかり。

夕方のニュースであろうか。
どうやら、日航機は、墜落した模様、
人命については、未だにつかめず、
しかし、皆が心配している最悪の事態になってしまった。

翌朝のニュースで、
生存者4人が見つかったというのが、
何よりの救いであった。

その事件のことは、
今でも、あの暑さと共に、
今でも鮮明によみがえってくる。
人の命の儚さと、
そこに乗り合わせた人々の、
なぜその機に偶然にも乗ってしまったのだろう
これは運としか言いようのないことなのか。

仏教では、正しく諦めるということも学んでいくが、
若い見習い僧としては、
やはりショックは大きい。

今でこそ、バカの壁の作家:「養老孟司:ようろう たけし」ではないが、
人が生まれれば死ぬのは、必定、
致死率100%との存在として人は生を受ける。

人は年を重ねながら、
色々なことを学び、
死というものに、一歩一歩近づき、
それを受け入れる準備をしていく。

それが、突然520人という方々の命が消えてしまう。

戦争を体験していない現代人として、
その衝撃は計り知れない。

私も少々年を重ねるうちに、
湾岸戦争や阪神大震災、
オウム事件、
日比谷線脱線事故等を、新聞やテレビを通じて目にし、
その後遺族の方の話などが紹介され、
少しずつ人々が、悲しみを背負いながらも立ち上っていく過程を、
見聞きすることによって、受け入れてこれたが、
日航の事故だけは、
若い理想に燃える修行時代ということもあり、
ほろ苦く、心の中に突き刺さったままの1本のトゲのようなものであった。


        ~以下、来週の7月11日(土)へつづく~

2009年6月27日

~佛教用語:阿修羅像(心の映し鏡)~

東京に阿修羅像がやってきたのは、57年ぶりのことである。
3月31日(火)より、6月7日(日)までの61日間に、
延べ人数にして(94万6172人)の方が、上野東京博物館を訪れた。

阿修羅とは、サンスクリット語では、
「a」が不定の接頭語となり、
「sura」が天を表すため、非天と訳され、
帝釈天との戦いを通じて、悪神として扱われるようになったため、
修羅界という人間界より一段低い地位が与えられた。

阿修羅王は、お釈迦さまを守る天龍八部宗の1人に数えられている。

仏教では、たくさんの土着の神々を受け入れ、仏教化していった。
阿修羅王もその1人。

阿修羅王は、帝釈天との戦いに敗れた後、
お釈迦さまの教えを聞き入れ、教化されたため、
今は、釈尊を守る守護神となっている。

天龍八部衆とは、

・天(てん)
  サンスクリット語で「ディーヴァ」と訳し、意味は輝くもの、
  天上界を護るすべての神々を指している。

・龍(りゅう)
  「ナーガ」といい、意味はキングコブラを神格化したもの。
  八大龍王の総称でもある。

・夜叉(やしゃ)
  「ヤクシャ」、「羅刹:ラセツ」とも言う。
  森に住んで、人々に危害を加える鬼神を指す。十二神将などが有名。

・乾闥婆(けんだつば)
  「ガンダルヴァ」といい、帝釈天に歌舞音曲を持って仕える。

・阿修羅(あしゅら)
  「アスラ」といい、天部にあらざる者、非天と訳され、
  度重なる帝釈天との戦いに敗れ、後にお釈迦さまに帰依し、仏法守護神となる。

・迦楼羅(かるら)
  「ガルーダ」といい、悪龍を食べる鳥を神格化したもの。

・緊那羅(きんなら)
  「キンナラ」といい、美しい鳴き声の鳥を神格化したもの。
  歌舞で、毘沙門天に仕える。

・摩睺羅迦(まこらが)
  「マホーラガ」といい、地を這う大蛇を神格化したもの。
  音楽の神とされ、踊る姿や横笛を吹く姿で、現される。

以上、天龍八部衆は、「法華経」の「比喩品:ひゆほん」や「観音経」の中に登場する。
(天台ブックレットNO.53 「ほとけさまのサイン」浦井正明氏 参照)


東京国立博物館(平成館)では、
1日1万人以上の方が、阿修羅像の見学に訪れていた。

来月7月14日(火)~9月27日(日)まで、
福岡県の九州国立博物館にて、阿修羅像展が開催される。

人々を引き付けて止まないその魅力とは、一体どのようなものなのだろう。

普通、仏像というと、仏頂面と呼ばれるように、顔の表情に喜怒哀楽がなく、
あまり良い表現では用いられないが、
感情を抑えて、作られているゆえに、仏さまを拝む人々の心を映す。

ある人にとっては、微笑んでいるようにも、笑っているようにも見えるし、
また、ある人にとっては、恐ろしくもあり、怒っているようにも感じる。

興福寺の阿修羅像は、三面六臂のお姿をされている。

聖武天皇の后、光明皇后(生母:橘三千代(たちばなみちよ)の一周忌の供養のため)によって、
734年に制作された。

麻布を漆で何層にも塗り重ねられた『脱活乾漆造:だっかつかんしつぞう』という技法が
用いられている。

これは、鋳造や木像とは違う古い技法である。

その当時、漆というとても高価なものを用いて作られていたため、普及せず、
その技法は、今伝承されていない。

興福寺も幾度ともなく、戦乱大火に見舞われているが、
この漆塗りの技法のおかげで、153センチながら、15キロと軽く、
持ち出しやすかったため、その大火を何度も逃れおおせた。

さて、この阿修羅像、見れば見るほど、
不思議なお顔をされている。

少年のようにも、少女のようにも見える。
明らかに、大人とは違う、その体系。
幼児期から、青年期にかけてのシャープな体つき。
正面のお顔は、何かを見通すような遠い目をしておられる。

今回の展示では、360度の方角から、
お姿を拝見することができる。

向かって左側のお顔は、唇をかみ締め、少年特有の反抗期のようにも見え、
右側のお顔は、眉間にしわを寄せて、青年期の内なる苦悩を表現しているようにも見える。

魅入る人々の心の中そのものが、
阿修羅像の顔を千変万化させるのであろう。

今から1300年もの昔、
天平の頃、大らかな都の様子が、万葉集にたくさん収められているが、
その反面、世の中は、飢きんや地震という天変地異に見舞われ、
政情も長屋王の変などもあり、戦火の絶えない時代であった。

そんな時代背景とあいまって、
この世のものとは思われぬ美しき阿修羅像は、生み出された。

光明皇后の深き祈りと、
苦悩が、この阿修羅像には、込められているのであろうか。

時を越えて、今の時代、世界大戦というべき戦争は、起こらないかもしれないが、
イラクやアフガニスタンでは、未だに戦いは終わっていない。

ソマリア沖では、時代の遺物と思われていた海賊が、未だに跋扈している。

地球温暖化の現象は、
各地で異常現象を引き起こし、
大洪水や干ばつを、我々人類にもたらし、
世界的には、今、新型インフルエンザという、厄災が、大問題になっている。

日本でも、初めは関西を中心に、
今は、全国で、インフルエンザの災いが、広がりを見せている。

苦悩する阿修羅像が、物語っているのは、
まさに、この世そのもの。

今、阿修羅像が、現代人に熱狂的に受け入れられているのは、
その優美な美しさとあいまって、
何かにすがりつかずにはおられない、私たちの心そのものに、あるのだろう。

阿修羅像の2本の天に突き上げられた腕が、
中段に下がり、正面で合掌となる。

我々の内なる修羅も、
エゴでは、争いはなくならないことを悟ることができたとき、
やがて治まっていくのであろうか。

皆さんには、阿修羅の顔はどのように見えますか。

怒っている?
微笑んでいる?
泣いている?
苦悩している…?

それは、皆さんの心そのものなのです。

光明皇后の平穏への祈りは、
時代を超えて、未だに続いている。

2009年6月20日

~佛教用語:坐禅のススメ~

5月30日に、東銀座で、坐禅の体験イベントを行ないました。
今回は、そのときの写真と体験記事をご覧頂きたいと思います。

尚、このときの模様は、
6月18日(木)のスポーツ報知に掲載されております。



   
今、坐禅が静かなブームを呼んでいる。

ヨガ・気功・太極拳・ピラティス等、
様々な癒しやリラクゼーションといったものが、流行ってきたが、
今、禅が老若男女を問わず、カルチャーの一部として受け入れられている。

アロマテラピーやエステマッサージといったものが、
都会に住む我々に癒しと安らぎを与えてくれるが、
今やその中に忽然と禅の空間が出現している。

間接光に照らし出された薄明かりの中、浮かび上がる畳と障子、
かすかに香る線香の匂い、水の流れる音、
純日本風の庭園にも似た和の佇まいの中で、静かに足を組む人々。

   
何と言うことはないビルの一室の中に、
坐禅を求めて、仕事帰りの会社員が、足を運んでいる。
このような光景は、朝出勤前にも見受けることが出来る。

書店に行けば、禅に関するコーナーが設けられているぐらい、
今、禅は静かに人々に受け入れられている。

坐禅と言えば、
都会を少し離れた静かな山の中に佇むお寺の中で、
精神を鍛えることを目的とした人が、真剣に己と向き合う...、
そんな風景が目に浮かぶ。

   
しかしながら、一般の方が、足を運ぶには、敷居が高く、
またどこに行けば体験することが出来るのか分からない。

  ・初心者は受け入れてくれるのか。
  ・一体何時間坐らされるのだろう。
  ・少し動くと、お坊さんに木の棒のようなもの(警策:きょうさく・禅杖)で、
   バシっと打ち据えられるし、お坊さんも怖そう。
  ・動いてはいけない。
  ・足がしびれる。
  ・怒られる。
  ・心を鍛えるにはいいのだが、取っ付きにくい。

私たちが、坐禅というと頭に浮かぶイメージではないだろうか。

   
禅は、鎌倉時代に、道元禅師や栄西禅師という二大巨頭によって、
武士階級の間に広まっていき、時代もその精神性を受け入れ、今日に至っている。

禅とは、正式には禅定(ぜんじょう)と言い、
サンスクリット語のディヤーナ(禅)の音写と、
その意訳としての(定:心を一点に定めること・静めること)
この2つを組み合わせてできたものが、「禅定」という言葉である。

静かに坐し、心を安定させ、統一された状態へと導いていく。
あわただしく日常を送らなければならない現代人にとって、
時間を確保することは、並大抵のことではない。

そんな忙しい現代人向けに、今回の坐禅体験イベントは、企画された。

深山幽谷の地で、静かに禅を楽しむということはできないが、
いにしえより伝えられた禅の作法に則り、お経を唱え、
数息観(すうそくかん)という伝統的な観法を用い、一心に呼吸を行なう。

数息観...1で吸って、1で吐く。これを1~100まで繰り返す。
      およそ7分50秒~8分、これを3回繰り返す。
      時間が来るごとに、維那(イナ:禅の進行を取り仕切る導師)より音が入れられる。

3回目が終わると、維那が背中を軽くトントンと叩いてくれる。
(今回は、警策を使わずに、手でその代わりとなす)

動いてはいけないというプレッシャーから、やっと開放されホッと一息つく。
その後、全員で般若心経をお唱えし、今回の坐禅体験イベントは終了。

   
すっきりと気持ちよく坐禅を組めた方もいらしただろうが、
大半の方は、足のしびれと、動いてはいけないという重圧との戦いの中で、
心を落ち着けることなど出来なかったのではなかろうか。

それでも、今回禅に触れ合った方々には、
自分なりの何かをしっかりと感じ取っていただけたと思う。

お釈迦さまの時代から、今日に至るまで、人の悩みは尽きることはない。
その解決法も、昔と何ら変わることもない。

人は心を落ち着けるために、静かに足を組み、
心の一点に意識を集中し、心を悩ませている原因を探る内観の法を発達させてきた。

その1つの形態が「禅」であるならば、
その中には、昔の賢人の智慧がたくさん詰まっている。

時間は掛かっても、いい。
すぐに解決に至らなくても、良いではないか。

ゆっくり息を吸い、ゆっくり息を吐く。それでいいんだよ。
これが昔の人たちの悩みの解決法。

今日は、「禅」を体験した方の意識の中に、
少しでも「禅っていいもんだなあ」と思ってくれる方がいらしたら、
この体験イベントもお役に立てたのではないかと思います。

ありがとうございました。

  

2009年6月13日

~佛教用語:坐禅4(自己観察のススメ)by koei~

お釈迦さまの時代、カースト制度はもっと厳しく、
その中で、お釈迦さまは、人の絶対的平等を説かれた。

お釈迦さまの教団の中には、身分の低いカーストの方々もおられ、
その高弟の中にも、何人かこのようなカーストの方を登用されている。

私たちが日々の暮らしの中で、迷い・苦しむことといっても、
時代が違うとはいえ、ここまでのことはないが、
お釈迦さまの提唱された仏教が、
このような背景の中から生まれてきたことを知るだけでも、価値のあること。

しかし、いくら教を読み、仏教を修行しても、
心の中に残る虚脱感・虚しさ、そういったものは、未だ解決されてはいない。

おそらく、この後の人々にとっても、
その悩みは同じこと。

人によって、悩みも苦しみも、
その度合いはすべて違う。

その救いもまた然り。

己を救い、その苦しみから解き放つことの出来る存在は、
己でしかない。

仏教を学び、
禅を組んでも、
その中にある本質を見出していくのは、
教えを説く人でも、仏様でもない。

あなた自身なのだ。

静かに、足を組み、
己が呼吸にすべてを託し、
雑念と足のしびれと戦い、
ひと時、自身と向き合ってみる。

世の苦しみ・苛立ち・虚脱感・虚しさ、
このようなひきこもごものことを、
足を組み、瞑想をしても、
何も、誰も、解決してはくれない。

誰もが、何もしてくれないが故に、
叫びとは言わない叫び、嗚咽を正直に表わし、
苦しい・寂しい・悲しい・何をしていいか分からないと、
その姿をさらけ出してみるのも、禅のあり方である。

その在り様に、正しきものはない。

ただ、そのような己の姿に、
禅を通して接してみたとき、
己を正しく見定めて欲しい。

禅は、正しきものにあらず。
己が真実を映すのみ。

禅は、私たちの悩みをすべて解決してくれるわけではありませんが、
深く己を見つめようとする手助けには、なります。

そこに禅の意義と価値があるのです。

その価値に気がついたいにしえの賢人たちが、
長く守り伝え、手を加え、禅は体系化され、
今日のスタイルになったのです。

今や禅は、お寺に行かなくても、
坐禅のサークルやカルチャーセンターなどでも、
手軽に体験できるようになってきました。

一度機会がありましたら、是非ご体験ください。

皆さん、苦しくったって、いいじゃありませんか。

佛は、しっかりと見ていますよ。

そんな素直なあなたが、佛は好きなんです。

2009年6月 6日

~佛教用語:坐禅3(自己観察のススメ)by koei~

お釈迦さまも、私たち凡人も、苦の原因はまったく同じ。

苦の種類:四苦八苦

四苦(1)生苦:しょうく...生まれる苦しみ
  (2)老苦:ろうく・・・・老いる苦しみ
  (3)病苦:びょうく...病の苦しみ
  (4)死苦:しく.........死の苦しみ

八苦(5)愛別離苦:あいべつりく...愛するものと別れる苦しみ
  (6)怨憎会苦:おんぞうえく...嫌な人とも会わなければならない苦しみ
  (7)求不得苦:ぐふとっく......求めても得られない苦しみ
  (8)五蘊盛苦:ごうんじょうく...生きていること自体が苦しみ

※注:煩悩に3つ 貪欲(むさぼり)・頬憲(いかり)・愚痴(おろかさ)
    涅槃:ねはん(ニルバーナ)...煩悩の消え去った状態・悟りの境地

お釈迦さまも、苦の原因を探るために、
菩提樹の下で、同じように足を組み、
一生懸命に苦の原因と向き合われ、その解決法を見出された。

その教えが、仏教として、今日に至っているものだ。

さて、お釈迦さまは、何を見出されたのだろう。

それは、四諦八正道という考え方の中に、集約されている。

四諦八正道:したいはっしょうどう

四諦 ・苦諦:くたい
       人は生まれながらにして、4つの苦、生老病死を背負っている。
       この苦は必然であり、誰も逃れることはできない。

   ・集諦:じったい
       苦には煩悩という原因がある。

   ・滅諦:めったい
       煩悩が滅して、苦のなくなった状態。悟りの境地。

   ・道諦:どうたい
       苦を滅して、悟りの境地に至る道が、八正道である。

八正道・正見:しょうけん...正しい見方

    ・正思:しょうし......正しい思考

    ・正語:しょうご......正しい言葉遣い

    ・正業:しょうごう...正しい行為

    ・正命:しょうみょう...正しい生活

    ・正精進:しょうしょうじん...正しい努力

    ・正念:しょうねん......正しい記憶

    ・正定:しょうじょう...正しい精神統一


お釈迦さまの生きた時代、
もちろん現在のインドもそうだが、
カーストという厳しい身分制度があり、
人の下にも人がおり、それが当然とされた時代であった。

そのカーストは、
現代においても完全になくなったとはいえない。

現在のインドでは、
ヒンドゥー教が、大多数を占めているが、
イスラム教・仏教もその痕跡をとどめている。

今、そのインド仏教が、身分制度撤廃という見地から見直され、
人々の関心を少しずつ広げている。

私の学生時代の先輩も、まさにその渦中にいる。
(インド生まれの方で、中・高・大学を日本で過ごす。)

またの機会に、インドの仏教事情について、
お話をさせていただくとする。

さて、日本仏教会が、
インド仏教会と交流を深めようと、
お坊さん数人を布教目的で、インドに派遣している。

その時のエピソードをご紹介したい。

我々、修行僧は、修行の為に、
仏事以外の作務ということも大事な修行であると捉えているため、
掃除・洗濯・調理など一通りのことは、何でもできるように師より鍛えられている。

しかしながら、インドにおいて、
民衆の前でほうきを持って掃除しているところを、見られると、
お坊さんの説教は、見向きもされなくなる。

ほうきを持って掃除するというカーストがあり、
お坊さんが、掃除をしてしまうと、
そのカーストの人間という風に、見られてしまうため、
掃除をすることなど許されないのだ。

こんな調子だから、
トイレ掃除などしているところを見られようなものなら、
お坊さんは、もう終わりだ。

誰も話を聞いてくれることは、ないだろう。

従って、説教をする以外のことは、何も出来ず、
ただニコニコしているほかないということなのだ。

また、カーストの凄まじさは、
私たちの度肝をぬくことがある。

あるとき、言葉は悪いが、乞食の方の子供たちに、
手のない子や、目の見えない子供たちが、たくさんおり、
不思議に思った僧が、
「これは遺伝的なものがあるのか、
 それとも、病気にかかっても医者にいけない為に、
 身体に損傷をきたしたのか」と、尋ねたところ、

通訳の方が、
「いいえ、あれはわざと親がやっているんですよ」

「何てことだ!警察は何をやっているんだ」と、
憤慨したところ、通訳の方いわく、

「いいえ、違うのです。
 あれは親の深い愛情から、
 手や足を切り取り、目をつぶしているのです。」

「そんな馬鹿な!」

「カースト制度では、乞食の子は大人になっても乞食。
 普通の身体をしていては、人から物を恵んではもらえないのです。
 生きていくために、ああして子供を傷つけているのです。」

あまりの凄まじいその現状に、言葉を失ったと言う。

この話は、昭和も終わりに近づいた頃、
私が修行時代、インド帰りの僧より聞いた話だ。

その僧は、
「カーストの前で、我々僧侶は、あまりに無力。
 絶望的な思いで、逃げるように日本に帰ってきた」とのことだった。

※注 この文章の中で、乞食という言葉を使っています。
    差別的な言葉であることは承知しております。
    カースト制度というものをありのままの姿として伝えるため、
    敢えて使わせていただきました。
    もちろん、そのような方々を見下して使用しているわけではありません。
    そのことをお断りいたしておきます。


        ~以下、来週の13日(土)へつづく~

2009年5月30日

~佛教用語:坐禅2(自己観察のススメ)by koei~

さて、先週、私の属している天台では、
坐禅のことを、止観と呼ぶということを述べた。

そこで少し、この止観のお話をすることにしよう。

禅の思想の発展は、
達磨禅(禅宗)と天台の止観とが二大潮流であり、
本質は変わらないが、その表現方法には、各々特長がある。

禅宗においては、不立文字、教外別伝を標榜している。
(禅の思想においての理論的な説明は行なわない。)

達磨大師は、六世紀の初頭、
インドから中国に渡り、禅を伝えられた。

天台の始祖天台大師(538~597)は、その後の生まれだが、
達磨禅とは、一線を画くし、摩訶止観十巻を中心とした禅書を著し、
仏教のあらゆる禅行法を座禅の行に統一された。

日本天台は、伝教大師最澄(766~822)によって創始され、
その教学を中国天台より伝承した。

そもそも止観とは、
 止(念を法界につなげること)
 観(念を法界と1つにすること)と定義されている。
少しラフにいうと、「心を留めて真理を観察すること」という意味。

そして、止観の実践として、禅定を組む。

禅定(ぜんじょう)とは、
サンスクリット語のディヤーナの音写(音をそのままの漢字に当てはめる)と
その意訳(意味を解釈し、意味にあった漢字を当てはめる)の定を合成してできた言葉である。

つまり智慧と真理に至るための教義を止観法門といい、
その実践を坐禅という。

止観と坐禅は、表裏一体であり、
優れた止観の実践方法を坐禅と位置づけている。

さて、比叡山を開かれた最澄さんは、
この止観という概念を教義の中心におき、
最初の堂を建てられた折には、
一垂止観院(いちじょうしかんいん)と名付けられた。

そしてまず始めに、その教義を止観業と遮那業の2つに大別し、
止観業:しかんごう(法華経を中心とした学科)、
遮那業:しゃなごう(大日経を中心とした密教学科)とされていた。

密教には、独特の修行法がある。 (ここでは、割愛いたします)

止観業では、
法華経を理解するにせよ、
他の天台教学を学ぶにせよ、
この止観を用いて学ぶべきであると考えられたのだ。

前置きは、随分と長くなったが、
比叡山における修行の中心に、この止観という考え方が重要視されていたのだ。

少々話は硬くなったが、一般の方には、
「自分の内から沸き起こってくる苦しみや悲しみ、辛さの原因を、
心を静めて、観る。観察することですよ。」と申し上げている。


        ~以下、来週の6月6日(土)へつづく~

2009年5月23日

~佛教用語:坐禅1(自己観察のススメ)by koei~

今、静かに禅のブームが起きている。
禅を組むというと、お寺に赴き、和尚さんの説教を聞きながら、
しばしの間、浮世を忘れ、修行に勤しむ。

そんな風景が、目に浮かぶ。

実際いいなとは思いつつも、
どことなく、敷居が高く、
一般的ではない様に捉えてしまう。

しかし今や禅は、
禅寺の枠を飛び越えて、
カルチャーとして受け入れらようとしている。

ヨーガ・瞑想・気功・太極拳・アロマテラピー、ピラティス、
エステ、マッサージ、癒し、リラクゼーションといったものと、
遜色のないぐらい、私たちの生活の中にとけ込んできている。


今月の30日、東銀座の築地社会教育会館にて、
坐禅の体験イベントで講師を頼まれた。

 ・主催・・・PAC
 ・後援・・・報知新聞(スポーツ報知)

私の属している宗旨は、天台宗であり、
本山は、比叡山延暦寺、
天台では、禅のことを「止観:しかん」と呼んでいる。

これは、中国天台より、比叡山を開かれた最澄さんが、
入唐の際に、伝えられたものである。

この止観の話は、来週に述べることにする。

私は現在、
気功や、太極拳といったものと、
少々の佛事を、広める仕事に携わっている。

気功の教室にて、
「先生、禅はやったことありますか」という質問を受けた。

「はい、私の宗旨では、
 禅も、密教も、念仏も、法華経も、すべての修行を行ないますので、
 禅も学んでおりますし、修行時代の京都のお寺では、
 日曜日の朝6時に、毎週行なっておりました。」

「そうですか、私も前々から、
 坐禅には、興味があったのですが、
 お寺さんは、ちょっと敷居が高くて、
 どこか学べる所がないかと捜していたのです。」

「ほおー、坐禅ですか。
 禅も、調身、調息、調心。
 気功も、調身、調息、調心を基礎としています。
 では、坐禅の体験会を、1度催してみましょう。」

ということになり、
昨年の8月より、中目黒にて始めてみたところ、好評を得、
現在は、東銀座にて、月1回行なっている。

そこに来ていらっしゃる方の中に、
メディア関係の方がおられ、
今回、スポーツ報知後援、講師が私(koei)ということで、
東銀座での初心者向け坐禅体験イベントを、
させていただくこととなった。

生徒さんの発した「一度坐禅をやってみたい」という言葉が、
またこのような広がりになるとは、想像もつかなかったが、
それだけ、潜在的に坐禅に興味がある人たちがいるのだということにも驚いた。


さて、坐禅というが、
正式には、禅定:ぜんじょう(ディヤーナ:dhyaana)という。

 「禅」...サンスクリット語のディヤーナの音写(音をそのまま漢字に当てはめること)

 「定」...その意訳(意味を解釈して漢字に当てはめること)
      心を一点に「定めること」、心を「静めること」。
      「定まった状態・静まった状態」という意味。

音写である「禅」と、
意訳である「定」をそれぞれ組み合わせてできたものが、この「禅定」という言葉である。

心を安定統一させ、心静かな内観を、
坐禅によって心身が深く統一された状態を導いていく禅定。

私たちは、さらにこの言葉を略して、禅とのみ呼ぶ。


        ~以下、来週の30日(土)へつづく~

2009年3月28日

~仏教用語:縁 幸せの方角3~

振り返ると、毘沙門堂でお仕えした、
私の師匠(比叡山、延暦寺一山長老、前 龍王院住職 生田考憲氏)が、
よく言っておられた。

「幸せは、方角に表わすことができる。
 お前、その方角を知っているか。
 東西南北、この中に、幸せは宿っている。」

ああ!毘沙門さんの縁は、
この師匠の言葉に、見事につながっていく。

『幸せは、西にもあらず、
 東にもあらず、
 北みち捜せ、
 南にぞある。』

「本当の幸せとは、
 未来にあるのではなく、
 歩いてきた歩み、そのものの中。

 つまり、南(身の中)にこそ、
 詰まっているのだよ。

 幸せは、
 他に求めるものではない。

 他と比ぶるものでもない。

 隣の芝生は、青く見え、
 欲を出したら、切がない。

 幸せを感じることができるのは、
 お前自身。

 お前の幸せを羨むものはいても、
 お前の幸せは、お前しか感じることはできない。

 だから、今、
 この瞬間に存在する生き方そのものが、大事なのだ。

 これからの幸せを願い、創造し、
 導いてくれるのは、お前自身であることを忘れてはいけない。」

師の言葉がよみがえる。

幸せの見つけ方とは、
「今まであなたが生きてこれたことに感謝し、
 そして、あなたを見守り、励ましてくれた家族や友人、知人、
 そして佛の不可思の力に感謝する。」

それが、私が師から授かった幸せの見つけ方だ。
このことを今、思い出した。

師匠は、16年前にお亡くなりになられたが、
今こうして毘沙門天さまのご縁を通じて、
この言葉を思い出すことができた。

毘沙門天さまと、私のお師匠さまの縁に、
感謝申し上げます。

そして、このコラムを通じて、
師の言葉が、皆さまの目に触れることができたことを喜びとし、
この縁がどこまでも続いていきますように、心よりご祈念申し上げます。

                          koei

2009年3月21日

~仏教用語:縁 幸せの方角2~

さて、昔から私と付き合いのある鈴木さん、
最近は、中目黒で月1回行なわれている坐禅の会に顔を出される。

「年が明けたら、谷中の七福神巡り(田端を出発して上野の弁天様まで歩く)を
 福本さんが企画しているので、今度ご一緒しませんか。」

坐禅の会の帰り道、お誘いを頂き、
私も谷中方面は初めてだったので、喜んで参加させていただいた。

「福本さんが、懇意にされている方の中に、
 作詞家の石坂まさを先生がいらっしゃり、
 その方の手がけている女の子(歌手:渡部やえさん)が、
 今度『ハイよろこんで七福神』という歌を出すんですよ。
 七福神を巡りながら、三箇所ぐらい歌の奉納をさせていただく予定になっています。」
と、鈴木さん。

「はあそうですか、楽しみですね。」


七福神巡りをしている途中、
歩きながら、福本さんとよもや話をしていると、

「『ハイよろこんで七福神』の歌詞を書いている石坂まさを先生は、
 比叡山の行者、赤山禅院の叡南(えなみ)さんと懇意にしているのですよ。
 一度京都に会いに行ってみないかと、石坂先生に、誘われているんです。」

「叡南さんは、今、
 京都の山科の毘沙門堂の御門主をされている方ですよね。
 実は、私も学生の頃、
 そのお寺で修行させていただいたんですよ、奇遇ですね~。
 今年の正月2日、テレビ東京で、
 仲間由紀恵主演の『寧々~おんな太閤記(ねね おんなたいこうき)』の中で、
 北政所が出家された高台寺の場面、
 あれも毘沙門堂の敷地が使われていましたよ。
 今年は何か毘沙門さんと縁のある年になりそうです。」

などと、話をしていたのが、つい2ヶ月ほど前のこと。

そこで、あの佛像の盗難事件のニュースを目の当たりにし、
驚天動地、晴天のへきれき。

毘沙門さんを介した、人と人との縁、
こういうことを合縁奇縁*4というのかな。
毘沙門さんを介して、何かの力が動いているんだなあ。


ところで、「縁」という言葉をよく耳にする。

「縁起を担ぐ」とか「縁起が悪い」など、
一般的に使われているが、

「縁起」とは、正確には「因縁生起」といい、
あらゆる物事や存在は、互いに影響し合っているという意味である。

「因縁」とは、因(結果を生じさせる「力)と、
縁(それを受けて助ける力)のことを言う。

因縁というと、心因的なものとして使われることが多く、
あまり良い意味で用いられない場合がある。

「因縁をつける」とか、
仏教の根本原理である本来の目的を逸脱した使い方をされる場合も、
多々見受けられる。

あらゆるものは、因縁によって起こり、
そして結末(結果)を迎える。

生があれば、死があるが如し。
その理を素直に受け入れることが、
佛教ではとても大切なこととされている。

その当たり前のことに、あらがうが故、
そこに苦悩が生まれる。

縁なき衆生は、度し難し。
人の忠告に耳を貸さないものは、救いようがない。

因縁をあるがままに受け入れた上で、
分をわきまえ、精進する。

このあるがままに受け入れ、
縁の持つ本来の力に身をゆだねたときに、
縁は思わぬ形で、私たちにそれはこういうことなのだよと、教えてくれる。

病になるには、原因があり、
それは、あなたの日常生活から起きたもの。

そして、病を克服できたのは、
あなたが今までの生活を改めて、その原因を取り除いたため。

心の悩みも、同じこと。

悩んでいる自分を、嘆くより、
その悩む自分も、自分であると認め、
あらがうことをやめれば、
本来の等身大の自分が見えてくる。

悩み苦しむことも、今の自分には、必要だったのだと、
認めることができたときに、
やっと心が軽くなる。


*4:合縁奇縁
   人と人との気心が、合う合わないということは、
   すべてこの世の中に存在する因縁による。


        ~以下、来週の28日(土)へつづく~

2009年3月14日

~仏教用語:縁 幸せの方角1~

「ああ!」

テレビを見ながら、大声を張り上げる。

人は、本当に驚いたときには、
声を失うものである。

そこには、盗難にあった佛像が、テレビに映っていた。

健仁寺で盗まれた佛像が見つかり、
犯人が逮捕されたというニュースでの場面である。

そこには私*1が、10代より4年半の時を過ごした、
毘沙門天の像(一木造り、高さ60センチ)が映っていたのだ。

本尊:毘沙門天は、秘佛のため、一般には公開されていない。
ここでいう、像とは、毘沙門天のお前立ちのことである。

*1:私
   koei:日響娃の夫であり、僧籍を持つ。
   日響娃と共に、この仏教用語のコラムを担当している。
   これからも時々出てくるので、お見知りおきください。
   尚、月に一度、第3金曜日、中目黒にて、坐禅の会を催しています。
   詳しくは、このブログ『真帆片帆』をご覧ください。
 
しかも盗難にあったのは、2008年10月のことだという。

他にも、21体という有名無名の佛さま方のお姿。
一体この佛像を盗んだ人は、
どうやってこのように佛像を盗み出すことが出来たのだろう。

新聞報道によると、逮捕されたのは、三重県在住の男性。
盗難にあったのは、佛像は21体、掛け軸3本。

この男性は、防犯カメラにより、
駐車場にあった車のナンバーから、身元が割れ、
運悪く逮捕されてしまったわけであるが、
お寺さんの方としても、
まさかお参りにきた方を、犯罪者と思って接するはずもなく、
そこには、必然的に性善説に基づいた対応がなされていたはず。

結果、そのことが多くの佛像の盗難という、
近年まれに見る事件へと発展してしまった。
誠に残念な事件が起きてしまったものだ。

毘沙門堂*2で過ごした4年半という月日の中、
日々お茶やお佛飯を献じ、
お経や、毘沙門天*3のご真言
「オン ベイ シラマナヤ ソワカ」をあげてお仕えしていた佛さまと、
まさかこのような形で、お目にかかろうとは…。

今年、不思議なことに、『毘沙門堂』という言葉をよく耳にした。

私は、気功教室を都内で開いているのだが、
ここ数年、賀状のやり取りぐらいしかしていなかった、
昔の生徒さんより、連絡があった。

その方を、仮に、『鈴木さん』としておこう。

鈴木さんとお会いして、昔話などをしていた折に、
今は自身の仕事のほかに、
心遍路というNPO法人の仕事にも携わっており、
その中の、『心遍路おとなの学校』に参加されている方に対して、
気功体験教室をやってくれないかという提案を頂き、
私も快諾して、2度ほど中目黒の方で、気功の体験教室を行なうことになった。

そこで、そのNPO法人 心遍路の代表である福本さんを紹介された。
(NPO法人 心遍路に関しては、心遍路のHPを参照してください。)
   http://www.kokorohenro.org/

氏は、このNPO法人を通じて、目や身体の不自由な方と共に、
秩父の霊場巡りをされている。

気功体験教室は、
そこに関係するスタッフの方や、
心遍路の思想に理解を示された旅行会社(トラベルサポーター)の方に対するものだった。

おかげさまで、気功の体験教室も無事終わり、
参加された方には、気功の面白さが少しは伝えられたと思う。


*2:毘沙門堂
   比叡山を開いた伝教大師最澄が、
   比叡山根本中堂のご本尊:薬師瑠璃光如来の残材で、
   2寸2分という小さな毘沙門さまのお姿を刻まれた。

   その毘沙門さまを桓武天皇に献上され、
   帝の冠の中に納めて、肌守りとされたのが、起源とされている。

   たびたびの戦乱を経て、江戸時代、天海大僧正によって、
   現在、山科の地に、復興された。


*3:毘沙門天
   四天王のお1人:多聞天
    ・四天王とは、持国天(じこくてん):東の守護神
    ・増長天(ぞうちょうてん):南の守護神
    ・広目天(こうもくてん):西の守護神
    ・多聞天(たもんてん):北の守護神
   単体で呼ぶ場合には、毘沙門天(びしゃもんてん)、
   鎮将夜叉(ちんじょうやしゃ)とも呼ばれている。)


        ~以下、来週の21日(土)へつづく~

2009年2月26日

~佛教用語:合掌~

人は、日常生活の中で、
何気なく手を合わすことがあるが、
その思いは、千差万別である。

日常生活以外でも、合掌は仏教的に用いられているが、
その形は、普通の合掌だけでなく、色々な形がある。

 「心前合掌:しんぜんがっしょう」・・・胸の前に組み合わせる

 「己心合掌:こしんがっしょう」・・・手の中をたっぷり膨らませる

 「ふ印合掌:ふいんがっしょう」・・・第一関節だけ組み合わせる

 「金剛合掌:こんごうがっしょう」・・・指の根元まで組み合わせる
   
 「外縛合掌:げばくがっしょう」・・・金剛合掌の指をしめる
  
 「内縛合掌:ないばくがっしょう」・・・外縛合掌の指を内側に入れる
   
 「蓮華合掌:れんげがっしょう」・・・手首、親指、小指をつなげる etc...

   
いくつかの行為の意味を、一緒に思い出してみよう。

食す「いただきます、ご馳走さま」
お礼「ありがとう」
謝罪「すみません」
依頼「お願いします」
祈り「神佛にお参りするとき」

同じ形であっても、
意味が違うと、重々しさも違う。

なぜこんなに色んな形があるのか、
また、密教などでは、
なぜ、胸の前だけでなく、色んな場所と角度で、合掌をするのか。

それは、いにしえから伝わる密教の教え

三密(印・真言・意識)
 (1)「印:ムドラー(合掌もその1つ)と組む場所」
 (2)「真言:マントラ」
 (3)「意識」

この3つの要素が1つになったとき、人は佛となる。(現世成仏)

そのカギ穴に、1つだけ入る組み合わせがあり、
マッチングすると、身体が反応していく。

すべてを説明している本などが、
この世に存在するか否かは、不明だが、
今の世の中で、すべてを自分の身体でもって、説明できる人は、少ないだろう。

普段、何気なく手を合わせ、
日常生活で使っているが、
莫大なる力が、そこで働いている。

意識して手を合わせることで、
より大きなエネルギーが集まっては消え、
消えては集まっていることだろう。

あなたが目的を持って合掌し、お経を唱え、祈るとき、
あなたという合掌を伴った形(カギ)が、
佛という錠を通して、1つに融けあっていく。

後は、「南無」と、佛さまにお任せするのみである。

2009年2月25日

~佛教用語:南無(ナマステー)全託する~

南無の後には、色んな佛さまの名前がつくけれど、
人は、佛の前にすべてを投げ出し、一心にこの言葉を唱える。

  ・南無 阿弥陀仏
  ・南無 妙法蓮華経
  ・南無 観世音菩薩 etc

南無は、大空の佛と、あなたの内に存在する佛を結びつけ、
共鳴させる「言霊:ことだま」(真言・マントラ)。

自分の良いところ、悪いところをさらけ出し、
すべてを解放し、赤ん坊のような無抵抗な姿に戻ること。

社会生活を続けるためには、
自分というある程度の枠を取り繕わなければいけない世の中。

人は、内側と外側に壁を作り、微妙にコントロールしている。

他の誰にも、また自分自身までも、自分の内側を知らない。

どんな心を持ち、どんな願いを抱きながら、生まれてきたのか。

南無から始まる言霊(真言・マントラ)は、現在たくさん語られているが、
すべて、「自分を見てくれ」である。

それは、目の前にいるであろう佛さまに対してでもあるが、
自分の内側に存在する内なる佛に対してでもある。

人は、言霊(真言・マントラ)を発するとき、
自分の耳でその音を聞き、身体が反応していく。

本人の心は、知る由もないことだが、
魂は、何千年もの間それを培っていて、言霊(真言・マントラ)に対して身体が反応する。

この言霊(真言・マントラ)の意味はさておき、
音の響きとして、身体に染みこむとき、内側に存在する佛が動く。

それは、目の前にいる佛さまでなく、
内側に存在する佛に、自身が気づき、目覚めよというシグナルである。

昔から、当たり前のように、家に仏壇があり、
誰かが祈りの音を発し、子供の頃、それを日常的に聞いていた。

当たり前のことが、当たり前でなくなった今、
あえて、この南無を出していく必要が、出てきたのであろう。

南無は、あなたの心を震わす言霊(真言・マントラ)

唱えるとき、魂が反応し、身体が動く。

少しずつ声に出して、唱えてみよう。

2008年2月12日

3.道(タオ)それは私とあなた、そして世界中を網羅する有機的なネットワークです

皆さんも長い人生の中で、このようなことを体験したことがあると思います。

街角でバッタリ、
取引先や旅の途中で、偶然が重なっていく...。

私たちは、つい自分自身を他のものから引き離し、
「自分」と「他」というように切り離して考えがちですが、
あなたの知り合いの友人は、アメリカの方と友人であり、
アメリカ人は、イギリス、その友は中国という風に辿っていけば、
やがて友人の友人を通じてあなたは世界中の方と、何らかの形でつながっていきます。

私たち自身ですら、先祖を8代もさかのぼれば、
ほぼ親戚同士になってしまいます。

DNAをさかのぼれば、
アフリカに生まれたたった1人の女性ルーシーに行き着くそうです。

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サークル



タオは「他者」と「自分」という分け方をしません。
1人ひとりが何らかの有機的なネットワークの中で、
実は密接につながっている。
その実態を垣間見ることはできませんが、
私たちは度々偶然の一致という現象に出くわします。

タオはこの偶然の一致を装いながら、私たちに、
あなたは1人ではない、こんな大勢の仲間がいるんだよと語りかけてくれます。

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マガタマ



前回ご紹介しました話は、タオから見た人と人とのつながりの話です。

タオの思想を実践する人は、
「人を責めない」
「とがめない」

これはタオから見た人と人とのつながりの話です。
タオの思想を実践する人は、
「人を責めない」
「とがめない」
「脅かさない」
「あるがままを受け入れる」
このように、タオの教え(タオイズム)を守り、
実践する人のことをタオイストといいます。

私もまだ駆け出しのタオイストです。
つまらないことに腹を立てたり、世の不条理を憂いたりと、
タオイズムを完全に理解することはできませんが、
それでも少しずつ気功や太極拳を通じ、
仲間とともにタオの教えを理解しようと努めています。

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天と地の間にあるすべてのものは、
やがて大本の天地自然に帰っていきます。

現代という忙しい日常の中で、
自然と共に生きることは、ままなりませんが、
私たちも奥深いタオというネットワークの中で、生きる存在であると、
認めることができたとき、なぜか懐かしく、安堵感を覚えます。

またあなたと私は、
互いに姿を確認することはありませんが、
確かにタオというネットワークに接続しています。

あなたの存在にも感謝。
タオの教えに感謝。
タオに触れた方々に幸あれ。

2008年2月11日

2.道(タオ)それは私とあなた、そして世界中を網羅する有機的なネットワークです

私が主催する気功教室の中の1つに、
中村橋教室というのがあります。

高齢のため、近頃はお見えになっておりませんが、
東京学芸大学で教鞭をとられておりました米津千之先生という方がおられます。

この先生、もともと折口信夫(おりぐち しのぶ)の文学の弟子であり、
また中村天風翁の晩年の弟子の1人でもあります。(天風会東京支部顧問)

93歳にして、気功をやってみたいと一念発起され、
いつも素足に下駄履き、ステッキを持った姿で、颯爽とやってきます。

何でも、
「折口信夫没後50年を弔うため、もう一度身体を鍛えたい。
 毎年師の墓前にお参りに行く弟子仲間が、
 1人2人と少しずつ欠けていき、
 とうとう2~3人になってしまった。
 このままでは、師の50回忌を自分も務めることができるだろうか...。
 というわけで、気功ならば無理な動きをすることもなく、
 健康によろしいという話を聞いたので、私も習ってみたい。」
とおっしゃり、お稽古の輪の中に、入ってこられました。

スワイショウなど、一緒にやっていると、あまりにも元気よく手を振られるので、
こちらも心配にはなりますが、本人は至って真面目。

反対に、自分が90を過ぎてこんなに元気でいられるのかなと思ってしまいます。
(またこの先生、自身はクリスチャンでありながら、専門は神道と国文学)

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ファインディングニモでおなじみの

カクレクマノミのタマゴ

さてこの米津先生がある時、
年の頃は25~6際の女性を連れてやってきました。
その女性を、仮に中野さんと呼ばせていただきます。

「この娘は、今心に病を抱えていてね。
私の知り合いの天風会で一緒に活動している女医さんから預かってきたんだよ。
ひとつこの娘が元気になるように気功を教えてあげてほしいんだ、よろしく頼む。」

「はい、私でよろしければ、一緒に気功を学びましょう。」

という経緯で、中野さんが中村橋気功教室に入ってこられました。

何回か通われるうちに、少しずつ打ち解けてきて、
中野さんも自分の身の上を話すようになってきました。

「どうして東京に出てきたんですか?」

「私はこの半年、心に悩みを抱え、それでネットで検索したところ、
 薬を使わずカウンセリングだけで病気の改善を図っているという方を見つけ、
 たまたま姉がこちらに嫁いでいたこともあり、
 しばらく治療に専念するために、東京に出てきました。
 ある時主治医の先生が、気晴らしにでも行こうと出かけたところで、
 偶然に米津先生と出会い、この教室に通うことになりました。」

「ああ、そういうことだったんですか。それでご出身は?」と尋ねてみたところ、

「九州の福岡です。」

「ああ、僕は大分県なんですよ、同じ九州同士とは、奇遇ですね。」

「実は私、大学を卒業して、大分で福祉関係の仕事についておりました。」

「ああ、大分も広いですからね、で、どのあたりにいたのですか。」
と尋ねると、何と、私の地元の老人ホームの名前をあげるではありませんか。
いやもう、びっくり。

「実は、私もそこの出身です。
 しかもその老人ホームの厨房で、母が食事を作っているんですよ。」

2人ともびっくり仰天、本当にこんなことってあるんですね。

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我が家の海水魚水槽

後日、母に聞いたところ、中野さんのことは存じているとのことでした。
母いわく
「何で、中野さんが東京にいるの?」

「いやまあ、中野さんも色々と事情があるようで」
と言葉を濁しつつも、このような不思議な巡り合わせもあるのだなと本当に驚きました。

現在、中野さんは、今故郷の福岡に帰り、自立への第一歩を踏み出しています。

また中野さんを中村橋の教室に連れてこられた米津先生も、
2年ほど前に、折口信夫没後50周年に無事元気な姿で参加されたとのことです。

2008年2月10日

1.道(タオ)それは私とあなた、そして世界中を網羅する有機的なネットワークです

私たちが学んでいる気功・太極拳の根幹をなす思想の中に、
道(タオ)という教えがあります。

タオは、老子の著した道徳教の中に説かれています。
(老子 二千五百年前に中国で生まれる。)
「有物混成、先天地生、吾不知其名、字之日道」

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七尾より熱海湾を望む

タオのことを口で説明することはできない、
説明してしまうこともできない。

ある人は、見えざる手と呼び、
ある人は自然の摂理であるという。

人はこの雲をつかむような原理のことを、とりあえず「タオ」と名づけた。

宇宙が混沌としていたときに、
重たいものは沈み、軽いものは浮いていった。

そこから天と地が先ず生まれ、
天と地のはざ間より数々の現象が生まれた。

これらは、すべてある、ないを含め、同じ源より発している。

このため、天と地は、あらゆるものの始まりの母と言える。

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さて、タオの教えは、一筋縄ではいかないようです。
なにせ、タオの教えを体得した人は、いないのですから。

天があれば地が生じ、
右は左によって知ることができ、
男性は女性に惹かれ、その逆もまたしかり、
世の中は、陰陽のごとく相反した力が互いにバランスを取り合っている。

そのバランス力のことを、太極と呼ぶ
私たちの住むこの宇宙は見えざるバランス(太極)の力によって、支配されている。

これは良いものでも、悪いものでもない。
見えざるバランス力(太極)は、
有機的なネットワークによって構成されていて、
私たち自身も、そのネットワークの末端のひとつでしかない。

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今回はこのようなタオの観点から見た、
人と人とのつながりについて、3回に亘り、お話をしてみたいと思います。

道(タオ)から見た、人と人とのつながりの在りようは、
交差点のようなものです。

私たち1人ひとりには、
生まれてから今に至るまでの長い歴史があります。

どこで生まれ、
どのような環境で育ち、
どのような人と巡り会い、
何を選択して、今に至ったのか。

そのような人と人が知り合ったとき、
その背景や歴史がぶつかり合い、
交差して、やがてジョイントし、つながっていきます。

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妙に気が合ったり、合わなかったり、
しかしそのようなことはおかまいなく、
タオの領域は私たちを包み込んでいきます。

今雑踏の中で、前を歩いている人も、
たまたま乗り合わせた電車で隣に座った人も、
実は何らかの縁によって、あなたとつながっています。

2007年2月18日

気は体を養い、心を養う

日々の生活の中で、健康を養い、
身体に良いもの悪いものを選別し、
快適な日常を創造するのは、とても大切なこと。

大好きな音楽を聴き、
身体に良いものを食べ、
時には、温泉に身を浸し、ちょっと一息つく。

ストレス満載の現代人には、
よほど意識的に自分をコントロールしていかないと、
日々のストレスをリセットすることは難しいですね。


「気」という言葉には、
何か目には見えないが、世の中には漂っているものがたくさんある。
例えば、風、湯気、陽炎、さまざまなイオン、
それら有益なものを身体に取り込み、巡らせ、養い、排出する。
このサイクル(気・血・水)をやむことなく巡らせる。
気には、生命を育む源泉という意味があります。

次に「功」ですが、
この考え方は、階段を一歩一歩上っていくように、
レッスンを積み重ねていくということです。

お湯を沸かすのに、2分間火を強めて、2分間火を止める。
これを何度繰り返しても、水は沸騰することはありません。
ほんの些細な弱い火でも、
時間をかければ、やがて水は沸騰し、お湯となります。

このように、目的を持って気の練功に励んでいれば、
気功は自然に日常生活の中にとけ込んでいきます。
つまり「功」とは、長く続けていく、継続的なレッスンという意味です。


そこで、気功の簡単なレッスン。
まず両手を広げて一回転、
何も手にぶつからなければ、空間の確保は万全です。

後は、レッスン時間の確保。
忙しい現代人には、1日5-10分あれば充分です。

代表的な気功「スワイショウ」

(ポ ー ズ)足を肩幅並行に開き、
ひざは、つま先より出ない程度に軽く曲げ、
両手を勢いよく前後にぶらぶらと振る。

(呼  吸)両手が前にいったときに吸い、
両手が後ろにいったときに吐く。

(イメージ)手のひらや指先から体内に溜まった毒素や疲れなどを、
息を吐くと同時に、捨て去るイメージを持つ。

(効  能)肩こり・イライラ・不眠症・高血圧・胃腸などの病を
軽減するとされている。

およそ100回で2分のペース。
1日200-300回ほどを振ってみる。

3ヶ月程続けていくと、
気・血・水の流れが整い、
自然治癒力が高まってくる。


さて最後に、
私たちは、風邪はひきたくないのだけれど、
うっかり油断をしていると、風邪をひいてしまう。
年は取りたくないのに、気がつくと老化は進んでいる。

この肉体と精神のギャップを埋めるために、
肉体に良い運動や飲み物、食べ物を選別して、
日々老化に立ち向かおうとしています。

そこで、タオの論理より生まれし気の学びは、
身体を健康に保つことも大切だけれど、
心も同じように成長し、
安定することも大切だよねと語りかけてきます。

(性命双集せいめいそうしゅう)
性は性質や本質、人格を養うこと。
命は、体、健康を養うこと。
心と体を一体ととらえ、共に成長することをいう。


気功の最終的に目指していくのは、
精神の乱れ(七情の乱れ)を正すこと。

七情の乱れとは
喜・怒・憂・思・悲・恐・驚

良くも悪くも七情が過ぎれば、体内の気に作用して病の元になります。
(喜)びが過ぎれば、気はゆるみ、
(怒)りが過ぎると、気は上がり、
(憂)いが過ぎると、気は縮み、
(思)いが過ぎると、気は固まる。
(悲)しみが過ぎると、気は沈み、
(恐)れが過ぎると、気は下がり、
(驚)きが過ぎると、気は乱れる。

この七情の乱れをいさめ、精神を安定に導き、
今という瞬間瞬間を楽しみながら、生きることです。


どんなに素晴らしいレッスンも、
やめてしまえば、何もなりません。

日々の暮らしの中で、
コツコツと続けていけるものを、
2-3見つけ、ストレスのリセットを行い、
美味しいものを美味しく食べ、
友人と語らい、家族と団らんを囲む。

そんな何気ない暮らしの中に、喜びを見つけられる自分になれれば、
私は素敵なことだと思います。

2006年11月12日

気功教室−『真帆片帆』(まほかたほ)

※ まほかたほとは・・・
いにしえの昔から、使われている言葉です。
「真帆」とは、順風時、帆をいっぱいに張り、追い風で帆走している様子
「片帆」とは、横風時、帆を一方に片寄らせて、帆走している様子
「真帆片帆」とは、それらを操作しながら、帆走している様子を現します。

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