今から何年前だったでしょうか。天河神社が癒しのスポットとして取り上げられていた頃、姉と兄、私そして姉の知人の占い師の方と天河に参詣する機会がありました。あいにく宮司さんが外出中だったため、近くの喫茶店で初めて会ったその占い師の方とお話をしているうちに、その方がふと、「何年か後、あなたが何人もの人の前で話をしている姿が見える。今のあなたは自分の悩みで手一杯だけど、そのうち人に対してインスピレーションによるアドバイスを与えられるようになるわよ」と言われ、その時は「まさかそんなこと、この私が」と実現するとは思ってもみませんでした。
その頃の私は、悩み多き数多のOLのひとりであり、この天河行きも、実家に帰省した際に、せっかくきょうだい3人が揃ったのだからどこかに行こうという、皆の予定に便乗した他人任せの旅でした。
その頃、時期を前後して、姉の勧めもあり、気功の練功を始めていました。その気功の先生はとても霊感の強い方で、気功・太極拳の傍ら、生徒さんの相談事にも応じていました。私のことは、初めて会ったときから、とても懐かしい感覚がするとおっしゃってくださり、その方のもとで、私も太極拳や気功のいくつかの功法を学んでおりました。
そして修練を重ね、ある程度上達した後、自然道法という功に入りました。この功は、人間の本来持っている潜在能力に働きかけ、内在する能力を発露させる功です。人には、なくて七癖と呼ばれるように、自分の意図しない所で、さまざまなクセを持っています。ツメを噛んでみたり、鼻を触ったり、緊張をしてくると目をしばたかせたり、またお腹が痛くなれば手を当てたり、手足をさすってみたり・・・、このようなクセや、あくびなどの生理現象を、私たちは何気ない動作の中で意識しないでやっています。自然道法とは、人が本来持っている無意識の領域を発展させたもので、自らの意念を用いて起動させる気功の一種です。この功は、かなりの幅広い領域を持ち、流派によっては、呼び方も気の起こし方もさまざまです。
私の行っていた自然道法は、(2)佛華拳の流れにのって、観世音菩薩を念じながら行うものです。
このときの体験を通じて、人間の生きる意味や存在する目的などを、さまざまなスピリチュアルな存在から頂くようになりました。人が生きるということは、私たちの本質である魂をいかに成長させるかということです。その成長は、特別な経験や体験から学ぶものではなく、日常生活のさまざまな機会の中で自分が感じ学ぶものです。この世の中は、多種多様な宗教や社会的通念、法的な決まりごと等々といったもので、がんじがらめにされています。しかしながら、今このとき、この瞬間を生きようと決意したのは、神様が決めたことではなく、私たちの本質(神性)である魂そのものが決定したことだと、スピリチュアルな存在は語りかけます。
私たちは魂の成長の糧とするために、苦しみや悲しみ、喜びや愛といったものを数多く経験し、さまざまな国や地域に分かれて生活しています。今あなたが選んだその肉体や性別、性格、人間関係もあなたの選択の表れであり、たとえあなたが、社会や家庭というコミュニティーから、疎外感を味わったとしても、誰もあなたの本質を傷つけることはできません。わたしが授かったれいめい拳の役割もまさにこのことに尽きます。あなたは一人で悩む必要はありません。スピリチュアルな存在やあなたの友人、家族、伴侶が、あなたをサポートしています。あなたが悩み苦しむことにも意味があるということを知っていただきたいのです。そして共に認め合い、あなたを通して、あなたの周りの人や、その話を聞く私までもが、成長していくのです。
今こうして、このhpを通じて、私とあなたは、魂の成長という目的についてのセッションを始めました。れいめい拳には、「こうしなさい。これが正しい答えですよ。」と言うような明確な回答はありません。
あなたは何に対して悩んでいますか。
その怒りや悲しみ、不安は、どこからきていると感じますか。
あなたは何を愛し、どんなことをすると、嬉しいのでしょう。
どんなことをしてもらうと、喜びを感じますか。
その喜びを得るために、あなたは何をしますか。
そこから見えてくることが、必ずあります。
時間はたくさんかけて、構いません。
答えを早く求めすぎないで。
いつでも、あなたは変わることができます。
今すぐでなくでも、大丈夫です。
落ち着いたら、もう一度、感じてみましょう。
今のあなたは、先ほどまでのあなたとは、少し違っています。悩むこと、苦しむことにも意味があると共感してくださったことに、私は喜びを感じます。今まで、あなたはとても素晴らしい学びを実践してきました。これからもきっと素晴らしい学びを得ていくことでしょう。あなたがこのれいめい拳を見つけてくださったことに感謝いたします。
麗瞑(れいめい)して、励命(れいめい)す。その主役はあなたです。
この一瞬を表現し、共感し、学びのひとときを享受し、わかち合いましょう。
あなたの今に幸いあれ。
その頃の私は、悩み多き数多のOLのひとりであり、この天河行きも、実家に帰省した際に、せっかくきょうだい3人が揃ったのだからどこかに行こうという、皆の予定に便乗した他人任せの旅でした。
その頃、時期を前後して、姉の勧めもあり、気功の練功を始めていました。その気功の先生はとても霊感の強い方で、気功・太極拳の傍ら、生徒さんの相談事にも応じていました。私のことは、初めて会ったときから、とても懐かしい感覚がするとおっしゃってくださり、その方のもとで、私も太極拳や気功のいくつかの功法を学んでおりました。
そして修練を重ね、ある程度上達した後、自然道法という功に入りました。この功は、人間の本来持っている潜在能力に働きかけ、内在する能力を発露させる功です。人には、なくて七癖と呼ばれるように、自分の意図しない所で、さまざまなクセを持っています。ツメを噛んでみたり、鼻を触ったり、緊張をしてくると目をしばたかせたり、またお腹が痛くなれば手を当てたり、手足をさすってみたり・・・、このようなクセや、あくびなどの生理現象を、私たちは何気ない動作の中で意識しないでやっています。自然道法とは、人が本来持っている無意識の領域を発展させたもので、自らの意念を用いて起動させる気功の一種です。この功は、かなりの幅広い領域を持ち、流派によっては、呼び方も気の起こし方もさまざまです。
| (1) | 華蛇(かだ)の五禽戯(ごきんぎ:虎・鹿・猿・熊・鳥)のように、陰陽五行になぞられて身体を鍛える。 |
| (2) | 佛華拳(ぶっかけん:仏教の教えでは、人は生まれながらにして仏になるための種子を内包している)のように精神を養い、太極拳のように柔らかく、形のない形で、佛の形を表現する。 |
| (3) | 日常生活によってゆがんだ体を、元に戻すような、かなりストレッチに近い動きを起こす。 |
| ある日私は、とても不思議な体験をしました。 佛華拳を練功していたときに、いつもの自分とは違う、しかし明らかに 自分自身と認識できる存在が、空より降りてきたのを感じました。 彼女は、白のふわっとしたワンピースを着、軽やかにカールした 薄茶色の髪をもち、目は閉じ、靴は履かず、 小さな三角すいの透明な小瓶の首を左手で持ち、 底を右手で支え、小瓶を胸にしっかりと抱えて、 上からゆっくり舞い降りてきました。同時にラの音階で 「アァー」という音が耳をかすめ、持っていた小瓶の表面には、 人々の姿や思いが映し出され、今世に生きる意味を 解き明かしていました。 なぜこのようなビジョンを私は見ているのだろうと 思った瞬間、「それはあなたのこれから生きる上に おいて 必要となるものです。 その使い方は、 自ずとわかってくるでしょう。」 という声が、 私の中に響いてきたのです。 以来、気功瞑想や自然道法(佛華拳)を続けていると、 「れいめい」という言葉が何度も浮かぶようになり、 「この意味はいったい何」とつぶやいたとき、 「月のごとく静かなれど、太陽のごとく強き言葉を持って汝の希望とならん」という 言葉とともに、「れいめい拳」という音が、頭の中に再び響いてきました。 このときより、れいめい拳と念ずるだけで、さまざまなビジョンや音が浮かぶようになり、 れいめい拳の発露を得ました。 |
このときの体験を通じて、人間の生きる意味や存在する目的などを、さまざまなスピリチュアルな存在から頂くようになりました。人が生きるということは、私たちの本質である魂をいかに成長させるかということです。その成長は、特別な経験や体験から学ぶものではなく、日常生活のさまざまな機会の中で自分が感じ学ぶものです。この世の中は、多種多様な宗教や社会的通念、法的な決まりごと等々といったもので、がんじがらめにされています。しかしながら、今このとき、この瞬間を生きようと決意したのは、神様が決めたことではなく、私たちの本質(神性)である魂そのものが決定したことだと、スピリチュアルな存在は語りかけます。
私たちは魂の成長の糧とするために、苦しみや悲しみ、喜びや愛といったものを数多く経験し、さまざまな国や地域に分かれて生活しています。今あなたが選んだその肉体や性別、性格、人間関係もあなたの選択の表れであり、たとえあなたが、社会や家庭というコミュニティーから、疎外感を味わったとしても、誰もあなたの本質を傷つけることはできません。わたしが授かったれいめい拳の役割もまさにこのことに尽きます。あなたは一人で悩む必要はありません。スピリチュアルな存在やあなたの友人、家族、伴侶が、あなたをサポートしています。あなたが悩み苦しむことにも意味があるということを知っていただきたいのです。そして共に認め合い、あなたを通して、あなたの周りの人や、その話を聞く私までもが、成長していくのです。
今こうして、このhpを通じて、私とあなたは、魂の成長という目的についてのセッションを始めました。れいめい拳には、「こうしなさい。これが正しい答えですよ。」と言うような明確な回答はありません。
あなたは何に対して悩んでいますか。
その怒りや悲しみ、不安は、どこからきていると感じますか。
あなたは何を愛し、どんなことをすると、嬉しいのでしょう。
どんなことをしてもらうと、喜びを感じますか。
その喜びを得るために、あなたは何をしますか。
そこから見えてくることが、必ずあります。
時間はたくさんかけて、構いません。
答えを早く求めすぎないで。
いつでも、あなたは変わることができます。
今すぐでなくでも、大丈夫です。
落ち着いたら、もう一度、感じてみましょう。
今のあなたは、先ほどまでのあなたとは、少し違っています。悩むこと、苦しむことにも意味があると共感してくださったことに、私は喜びを感じます。今まで、あなたはとても素晴らしい学びを実践してきました。これからもきっと素晴らしい学びを得ていくことでしょう。あなたがこのれいめい拳を見つけてくださったことに感謝いたします。
麗瞑(れいめい)して、励命(れいめい)す。その主役はあなたです。
この一瞬を表現し、共感し、学びのひとときを享受し、わかち合いましょう。
あなたの今に幸いあれ。


